ジプニー (一人二役 III)

寒汰は今週からまたマニラに来ていた。

小向美奈子の件でマニラが話題になっているので我慢しきれず、予定を早めてマニラにやってきたのだ。

寒汰はバカの一つ覚えでマニラにだけ来る。

なぜならマニラ以外の場所には行き方も分からないからだ。

寒汰にはもう一つバカの一つ覚えがある。それはテレビとネットをずっと見ることだ。

店の従業員からは邪魔者扱いされ、友人は一人も居ない寒汰は、日本に居るとき、ずっとテレビを見てネットを荒らしまわるくらいしかやることがなかった。

寒汰の生活は、半分がフィリピン買春(ただし日本語の通じる範囲内でだけ)、残りの半分がネット荒らしとテレビ(主にワイドショー)であった。

そのテレビで、マニラの話を連日連夜やっているのである。

しかも話題の主はあの小向美奈子だった。

寒汰の特徴は

  • ケバイお姉ちゃんが好きで好きでたまらない
  • シャブをやっている女が誰よりも好き
  • 有名人と絡んで自分が有名になりたい

なのである。

今はマニラで小向美奈子を買って性奴隷にすることしか頭にないのである。

今日もマニラで寒汰は小向美奈子を買おうとしているようである。

ともあれ、寒汰はまたパサイの日本食料理屋エダモト(仮称)に来て一人二役でブツクサと気持ちの悪い独り言を言っていた。

友人が誰一人として居ない寒汰は自分と会話するしかやることがないのだ。

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「いいか?日本人はフィリピン人が来るような場所で遊んじゃいけないんだ。外国人である日本人がな、フィリピン女といちゃいちゃしてたら感じが悪いだろう?昭和40年代まで日本の田舎には米軍兵士しかいなかっただろう?その米軍兵士がパンパンといちゃついていたら俺は気分が悪いからな!」

「すごい!すごい!寒汰さん、日本の田舎まで知り尽くしてるんですね!」

「ゲヒーーー!俺、褒められた!俺、物知り!俺、偉い!!」

寒汰は自分で自分を褒めて喜んでいた。他に誰も褒めてくれないからである。

ところで、寒汰は日本人女性が外国人と仲良くしているのがとにかく気に入らなかった。

なにせ寒汰自身は生まれてこの方、日本人女性に全く相手にしてもらったことがないのである。

日本女性は自分を全く相手にしないのに、なぜ外国人の男には簡単に体を許すのか、寒汰には不満でたまらなかった。

そこで、寒汰は外国人と付き合う日本人女性は全てパンパン(ヤリマン、売春婦)だと思うことにした。

そして、彼女らが相手にする外国人は全て米軍兵士だと思っていた。

昭和40年代ともなれば、日本の各地にいる外国人の圧倒的多数は米軍ではなく民間人だった。

頭の中が昭和40年どころか、昭和20年代前半で止まっている寒汰なのであった。

寒汰が見ているフィリピンは現実のフィリピンではなくて、寒汰の妄想の中にある似て非なる別の国なのと同様、

寒汰が考える日本も、現実の日本とは似て非なる別の国だったようである。

それも仕方ない。寒汰は女性には全く相手にされてなかったし、フィリピンパブに通うまで外国人と話をした経験が全くなかったからである。

事実を何一つ知らない寒汰は、勝手に妄想するしかなかったのである。

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「いいか?日本の田舎にはな、バッチシステムという米軍のレーダー施設があるんだ。だから日本の田舎は米軍兵士でいっぱいなんだ。」

「すごい!すごい!寒汰さんは知恵の塊だ!偉い!偉すぎる!」

「ゲヒーーッひひヒヒヒ!俺、また褒められた!俺、偉い!」

一人二役で自分で自分を褒めて寒汰は悦に浸っていたが、そもそも「バッシステム」はコンピュータの一括処理であってレーダーとは何の関係もない。

おそらく寒汰は「バッシステム」と言いたいのだろうが、バッジシステムは自衛隊のシステムであって米軍のものではない。

そもそも昭和40年以降に日本の田舎にいる外国人のほとんどは米軍とは関係の無い人間である。

しかし、異常に偏見と勘違いが強い寒汰は、完全に事実を誤認していた。

「チ」と「ジ」の区別がつかないことであるが、寒汰は他のフィリピン嵌りのオヤヂと同様、凄まじいほど英語ができなかった。

「チ」と「ジ」どころか、母音は「あいうえお」しか知らず、母音なしの子音は全く聞き取ることができなかった。

Can と Can’t の区別もつかないのである。

「ゲヒーーーーー!いいか? EDSA コンプレックスの EDSA はフィリピン人は『エッサ』と言うんだ」

「すごい!すごい!寒汰さんて語学も堪能なんですね!スーパーマンですね!尊敬します!」

「ゲヒヒヒヒヒヒ!俺、尊敬される!俺、偉い!俺、偉すぎるぅぅうぅう!」

フィリピン人は EDSA を「エッサ」などとは言わない。きちんと EDSA と発音している。

(あえてカタカナで書くとすれば「エ ツ゛ァ」が最も正確な音に近いだろうか。濁点なのがポイントである。)

しかし、母音がない子音は全く聞き取れない寒汰には「エッサ」としか聞こえないのであった。

語学能力が完全に欠如している寒汰であった。

しかも、その情けない語学能力を晒していることに全く気づいてないのであった。

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「寒汰さん、フィリピンで身の安全を保つ方法を教えてくださいよ」

「身の安全を保つ方法? それはな、危険から物理的に距離をとることなんだ。ゲヒーーーーー!俺、物知り!俺、偉い!偉すぎる!」

寒汰はゲヒゲヒと笑い転げながら喜んでいたが、寒汰自身が何よりの危険だということには気がついていないようであった。

全ての人間が寒汰に近づかないのは、寒汰が異常に臭くて汚いのもあるが、それ以上に寒汰自身が危険だからである。

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「寒汰さん、どうしてジプニーばかり乗るんですか?」

「それはな、タクシーだと運転手と話をしないといけないだろう?ジプニーなら話をしなくていい!俺、賢い!俺、偉い!偉すぎる!!ゲヒーーーーー」

未だに英語もタガログ語も全くできない寒汰は、タクシーの運転手との会話さえできないのである。

だからタクシーの運転手との会話を恐れてタクシーには乗らなかったのである。

また、寒汰は異常なまでにケチゆえ、タクシーに「ぼられる」ことを恐れていた。

改造メーターが多いマニラのタクシーではぼられているかどうか分かりにくい。

さらに、たとえ改造メーターだと分かったとしても、語学力のない寒汰には運転手に抗議する方法がなかった。

運転手「300ペソ オンリー」

寒汰「300ペソ?そんな馬鹿な。前はここは200ペソだったはず。えーっと、あのー、ダラワ…リボ…じゃなかった、えーーっと、なんだっけな、イサン、じゃなくてダアアンだっけだったっけな。えーーーと。おい!にひゃくペソだろ、にひゃくぺそ!ディバ!(以上、完全に日本語)」

運転手「(まゆをひそめながら)アノ?」

寒汰「えーーと、だから、にひゃくぺそだって、にひゃくぺそ、イカウつーはんどれっど円ペソ!ディバ?(以上、完全に日本語)」

運転手「(冷たく)three hundred peso only. 」

寒汰「…. わかりました。はい、さんびゃくぺそだします(涙)」

語学が少しでも出来る人間なら、スマートに運転手を納得させる方法がいくらでもあるのだが、EDSAを「エッサ」と聞こえる程度の寒汰の凄まじい語学能力ではそれは無理であった。

それにしても、200ペソが300ペソだろうと、日本人にとって大した金額ではない。

しかし、一ペソでもケチることが何より偉いことだと勘違いしている寒汰は、100ペソの違いは天と地ほどの差であった。だから余計にタクシーを嫌っていた。

寒汰がタクシーに乗らずジプニーに乗るのは、このように単に語学ができないことにつきていた。

「タクシーはな、新型の料金が高いもやつばかりだから乗りたくないんだ!」

と、寒汰は言っていたがなんのことはない。寒汰はタガログ語も英語も全くできないので、ぼられっぱなしになっているだけだった。

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寒汰はジプニーが好きなのではない。タクシーに乗れないだけだった。

しかし、ジプニーに乗る自分を正当化したくて仕方がなかった。

そこでジプニーをやたらと褒め倒す言動をしていた。

その実、ジプニーはフィリピンでも下層民しか乗らず、ある程度以上の収入がある者は自家用車で移動するものだということを全く知らなかった。

寒汰は自分の見る恐ろしく狭く偏った世界がフィリピンの全てだと思い込んでいた。

英語もタガログ語も全くできず、日本語で断片的に聞いた話から妄想しているだけの寒汰にはフィリピンの現実は分かるわけもないのである。

ある日、寒汰はジプニーに乗った。すると、珍しいことに白人の男が3人、連れ立ってジプニーに乗っていた。

寒汰は興奮した。

「すごい!すごい!アメリカ人が団体客でジプニーに乗っている!アメリカ人はフィリピンでの交通手段でジプニーに乗るようになったんだ!俺、世紀の大発見をした!ジプニー好きの俺、偉い!前からジプニーに乗ってた俺、偉い!偉すぎるぅ!ゲヒーーーーーーーー!」

しかし、実際のところ、彼らはアメリカ人ではなくドイツ人だった。3人でたまにはフィリピンの下層階級の文化もたまには味わおうと試しにジプニーに少し乗っただけであった。

しかし、語学が全くできない寒汰には英語とドイツ語の区別は全くつかなかった。さらにたった3人が一度ジプニーに乗っただけで妄想狂の寒汰にはそれが「いつも大量のアメリカ人がジプニーを利用している」と思えてしまうのだった。

寒汰の妄想は最近ますます激しくなっていたが、本人の自覚は相変わらず全くなかった。