寒汰の人生 II – 国鉄内での酒の密売

生まれつき、全ての能力が最低値で忌み嫌われていた寒汰だが、その分悪運だけはマックスであった。

アイヌ人枠で国鉄に入社した後、一切働かなかった(能力が低すぎて働けなかった)寒汰である。

日本は全国が泥炭路線だ」(2010/12/22 の魔尼羅盗撮バージン)などと、元国鉄職員にあるまじきとんでもない勘違い発言をしているくらいである。

つまり、電車のことなど一切何も知らないのである。15年以上働いても、電車のイロハも全く理解してなかったのである。伊達に20台の頃から窓際族(本当に窓際に座らされていた)だったわけではないのである。

同僚、先輩、後輩の誰からも相手にされず、指をさされ、あざ笑われていたのは伊達ではないのである。「俺は国鉄でバカにされていた」と、その後臭皇の従業員に何度も語るのは伊達ではないのである。

どうしようもないお荷物社員の寒汰であったが、さらにとんでもないことをしていた。

酒屋から酒を仕入れて、利益をのせて、職場で他の職員に売っていた」(寒汰本人の言)のである。もちろん酒の密売は違法である。それを職場でするとはとんでもない話である。酒を密売することで、寒汰はさらにバカにされてあざ笑われていたが、本人はもはや理解していなかったのかもしれない。

なお、寒汰はこの事を全く悪びれていなかったようである。後に臭皇ではこの酒の密売をしていたことを語りながら、「ゲヒヒヒ。俺は悪いことができる頭があるんじゃよ」と何度も自慢気に語っていた。酒の密売をしていたことがよほどの自慢だったようである。頭は非常に悪いが、犯罪IQだけは高い、それも軽犯罪IQだけは妙に高いのが寒汰なのである。

しかし、そんな猿知恵ならぬ寒知恵は国鉄にすぐにバレた。そして、寒汰は国鉄をやめざるを得なくなった。しかし、ここでも天性の悪運の強さが発揮された。おりからの国鉄分割民営化のタイミングと重なり、クビのはずの寒汰も多額の退職金を得たのである。まさに神がかり的な運の良さである。

.

国鉄退職後、寒汰が何をしていたのかは、はっきりしていない。本人曰く「看板屋などをしていた」というが、どうも違法なことを片っ端から行っていたようである。寒汰は自分の悪どさを自慢するのがとにかく好きだった。「ゲヒヒヒ。俺は悪いことができるんだぞ」とあくどい(しかし、つまらない)知識や経験をしきりに自慢する。「俺は悪いことを考える天才なんじゃよ。」と高校生のバイトにいつも自慢しては、陰であざ笑われていた

具体的にどういう悪いことを考えついていたかというと、一例をご紹介する。

「ニチレイなどの冷凍食品会社から期限切れの冷凍食品をタダ同然で貰い受け、それをおかず詰め放題の弁当屋として営業すれば、ぼろ儲けだ!どうだ? 俺は頭がいいだろう?ゲヒヒヒ」とか、「臭皇の支店の一つを2部制にして、深夜帯には裏メニューとして、5000円、10000円、15000円と詳細なしで提供し、金額に合わせてエロいサービスをやればいい!どうだ? 俺は天才だろう?」と言った、どこまでもクズな悪知恵なのであった。

ともあれ、国鉄を退職した後、怪しいことをしていた寒汰であるが、やがてラーメン孫悟空の新田マネージャーと組んで臭皇を立ち上げることになる。新田マネージャーが寒汰と組むことを決断したのは、いくら以上に気持ち悪くて嫌らしい男でも、シングルマザーで当時二人の幼子を抱えていた新田マネージャーにとって、寒汰の持つ国鉄の退職金は魅力的だったということであろう。夫を失って自暴自棄になっていたのもあるのかもしれない。

なお、臭皇開店後、急速に流行りの店になり、マスコミが来るようになったが、当初の何年間かはマスコミが来ても寒汰は一切顔をださなかった。「俺は悪いことをし過ぎて、恨まれてるから顔をださないんだ」と言っていた。その後、フィリピンでも釧路でも相当な恨みを買う寒汰であるが、臭皇開店前から相当な恨みを多くの人から買っていたようである。

フィリピンで、オーキッド・ガーデン・スイートホテルの一室に閉じこもり、丸一日監視カメラのモニターを見てガタガタブルブル震えていた寒汰であるが、用心深さは臭皇開店前からのようである。あるいは極度のいじめられっ子特有の性格かもしれないが、筆者たちのグループにはいじめの被害者が一人もおらず、想像の域を越えないのが残念である。

ともあれ寒汰が、相当恨みを買っていたのは事実である。

.

寒汰がラーメン屋をやろうと思ったのは、別に食文化に詳しかったからではない。生まれつき極貧で、食べることに異常に執着する寒汰が「飲食店を経営するならいくらでもつまみ食いができる」と卑しく考えただけである。もちろん、問題は寒汰が絶望的な程に味音痴なことであった。

その味音痴が逆に功を奏する。またしてもステータスマックスの悪運が発揮されたのである。

味が全くわからない寒汰はラーメンのスープに市販品、富士食品の白豚湯スープをそのまま使うことにしたのだ。

20111106101509_03ex-9

(写真と本文は全く関係ありません)

 

もちろん、これは寒汰が味が全くわからないということ以外にも、生来のパクリ根性にあったこと、そして何より市販品をそのまま使った方が安上がりだということがあげられる。これが実に大いにあたった。

一般の人はあまり知らないが、最近の市販食品の味のレベルは凄まじく高い。科学の粋をつくして念入りなリサーチと改良を繰り返して作られた食品なのだから、十分うまいものができあがるのである。下手に自分で作るよりもよほどうまい。

むしろ、市販品よりうまいスープを作ることなど、プロであっても容易ではない。

残念ながら、ほとんどのラーメン屋、ほぼ全てのラーメン屋でもこの業務用のスープを使っている。プロとしての腕の見せどころやプライドの保ち方は、その市販のスープにいかに工夫を加えるか、であるのが現状なのである。(業務用スープを使っていないラーメン屋であれば、「無化調」であることを売りにしているのですぐわかる。そうでない、ほぼ全てのラーメン屋は残念ながら業務用スープを使っていると思って間違いないそうである。)

一方、極度の味音痴ゆえ自作にこだわりもなく、また何よりパクることが生きがいになっている寒汰はラーメンの真髄ともいえるスープに市販品をそのまま使うことには何のためらいもなかった。また、これに手を加えることも一切しなかった。手を加えればコストがかかるし、そもそも手の加え方も寒汰にはさっぱりわからなかったからである。

しかし、これが大いにあたった。下手に手を加えるより市販品をそのまま使った方が一般人には美味しく思えるからである。また、スープを自作しないのでラーメン屋にとって最大の経費であるガス代もかからない。

偶然とはいえ、寒汰は最高のビジネスモデルを実行したのである。

.

これが札幌や東京のような都会であれば舌の肥えた客も多く市販品であることを看破されたかもしれない。しかし釧路のような小さな町で、競合相手も少ないところでは、これが最も効率の良いビジネスモデルだっただろう。

生まれつき貧乏性の寒汰はコスト削減を徹底していた。

さらに他人のものをパクっても、それが悪いこととは全く思わない異常な性格であった。これまた臭皇の経営にはプラスとなる。

メンテナンス費をケチリまくった汚らしい店舗は普通のサービスでは受け入れられないがラーメン屋ではむしろ好印象となることがある。結果として当たりであった。

さらに看板の絵「釧路臭小町」も有名なイラストレーター林静一氏のものをそのまま盗用した。

wasou-1978yumutsuki06

これが東京ならすぐさま誰かが気づき、訴訟を起こされるだろうが、釧路という場所柄、20年間誰にも気づかれなかったのである。

店のステッカーを店の周囲にある自転車やバイクに勝手に貼って歩き、電柱にまで勝手に貼ったのは違法行為にしか思えないが、これも釧路という街ののどかさからか、立件されることはなかった。

寒汰が電柱にステッカーを貼っているのを見とがめた人がいたが、寒汰は逆ギレして、この人達の住所を突き止め、車のタイヤに千枚通して穴を開けてパンクをさせるというとんでもない犯罪をしていたが、これまた立件されることはなかった。

店の切り盛りにはそれなりのスキルがいるが、ここが寒汰の運の良いところであった。実質的な共同経営者である新田店長はこのスキルに非常に優れていた。なおかつ新田店長は野心のない人間で店の開店資金を出した寒汰をたてていた。

寒汰が何もしないことは、有能な新田店長にとっても都合が良かった。

釧路という街ゆえの特殊性、これに寒汰の極度の味音痴とドケチ、パクリ根性、それに天性のすさまじい悪運の強さが重なり臭皇は大繁盛した。

(続く)

.

.

10686930_686195394805618_4423386474758703684_n

(写真と本文は全く関係ありません)

「ゲヒヒヒヒ。俺は死んだ人間や、死にそうな病気になってる人間を事実無根の噂で辱めるのが好きなんじゃよ。死んだ人間や死にそうな人間は反論しないからな。どうだ? 俺は偉いじゃろう?俺を尊敬しただろう?ゲヒーッヒヒヒヒッヒヒヒヒ!!」

口答えできない死人や、不治の病にある人間を徹底して誹謗中傷してきた寒汰である。しかし、因果応報、とうとう自分がやり返される番が来たようである。

もっとも、寒汰は他人を事実無根の誹謗中傷で貶めたが、寒汰が非難されるのは現実の違法行為や迷惑行為である。寒汰と違い寒汰を非難する方々は、やはり良識的と言える。

寒汰はスキルス性胃癌になり、既に20Kg痩せたと聞く。死期が近いと聞く。正直言って残念な気持ちもする我々である。なぜなら、寒汰には、己のしでかしてきた罪を少しでも長く苦しみながら反省してもらいたいからである。

Slide1

20111106101509_01-4

20111106101509_03ex-9

20111106101509_04-3

20111106101509_05-5

(写真と本文は全く関係ありません)

臭皇の売上低下が止まらない。特に書き入れ時のはずの冬の売上低下が深刻である。

売上低下の最大の理由は、寒汰の異常な迷惑行為が釧路市民から嫌われまくっていることだと思われる。しかし、寒汰は犯罪行為、迷惑行為をやめる意思は一切ないようである。

寒汰の心境を代弁するとこういうことであろうか。

「ゲヒヒヒヒ。俺は臭皇の売り上げが落ちても気にしないんじゃよ。俺は他人に迷惑をかけ続けるほうが大事なんじゃよ。俺は絶対に絶対に絶対に犯罪も迷惑行為をやめないんじゃよ。マニラでも釧路でも嘘を突き倒して世の中に迷惑をかけると快感なんじゃよ。臭皇の売上がゼロになっても、俺は絶対に絶対に犯罪も迷惑行為をやめないんじゃよ。どうだ? 俺は偉いだろう?俺を尊敬しただろう?ゲヒーーーーーーーーーーッヒヒヒヒヒヒヒッヒヒヒ!」

ラーメンに富士食品の業務用スープをお湯で薄めただけのラーメンを客に出すのは問題ないだろうが、それを「カナダからわざわざ輸入した豚骨で煮込んだ」と嘘をつくから嫌われるのである。

そもそも既に釧路市民には、寒汰が白豚湯スープを搬入しているところがモロバレなのである。(写真と本文は全く関係ありません)

.

「ゲヒヒヒ。俺は正義の味方じゃから、いくらでも他人に迷惑をかけてもいいんじゃよ。他人に迷惑をかけると俺は気分よくなるんじゃよ。俺が歩道を占領する形で駐車したせいで、子供が交通事故にあっても俺に責任じゃないんじゃよ。俺が無料で駐車できる方が大事なんじゃよ。俺は無料で他人のものを利用するのが好きだし、他人に迷惑をかけると、たまらなく気分がよくなるんんじゃよ。どうだ? 俺は賢いだろう?俺は偉いだろう?俺を尊敬しただろう?ゲヒーーーッヒッヒッヒヒ」

Screen Shot 2013-02-13 at 9.11.08 PM

20120607160740-1

(写真と本文は全く関係ありません)

.

「ゲヒヒヒ。俺の犯罪は普通にすごいじゃろう。俺は普通に悪知恵がまわるじゃろう。俺は普通に男らしいじゃろう。俺は普通なんじゃよ。俺は普通にすごいじゃろう。俺は普通に偉いじゃろう。どうだ? 俺を普通に尊敬しただろう?ゲヒーーーーーーーーーーッヒヒヒヒヒヒヒッヒヒヒ!!」

(※ あまりの異常さが釧路でもマニラでもばれている寒汰は、最近他人から「普通」と呼ばれたくて仕方がないそうである。)

その寒汰の雄叫びを聞いて、takashi のあの素っ頓狂な声が釧路の空に響くようである。

「凄い!凄い!寒汰さんは普通に異常だ!普通に味覚障害だ!普通に嫌われ者だ!」

22s

2011_10_15_1111-02

(写真と本文は全く関係ありません)

なお、フィリピン・マニラで有名な援助交際カフェ・LAカフェ(旧称 MBC マニラベイカフェ)が人生の全てと言い切る寒汰が、マニラ周辺を徘徊する姿は大勢に目撃されており、写真もネットに流れているのであった。(写真と本文は全く関係ありません)

.

.
.

寒汰の迷惑行為による被害者一覧

寒汰物語の過去の人気エントリのリストはこちらをご覧下さい。

寒汰と寒汰物語に関する疑問があれば、こちらを御覧ください。

他人のパスポートや個人情報を晒して喜ぶ寒汰の悪質な行為についてはこちらのエントリをご覧下さい。

パスポートや個人情報をさらす行為

寒汰が過去に行なってきたストーカー行為については下記のエントリをご覧下さい。

女子高生ストーカー事件(実話)

この世に生を受けたばかりの赤ん坊を侮辱し、死んだ方をパスポートをネットで晒し冒涜する寒汰の非人道的行為については下記のエントリを御覧ください。

死者への冒涜

人の誕生と人間としての矜持

絶句レベルの寒汰の公開オナニーの詳細に関しては以下のエントリを御覧ください。

絶句!釧路臭皇・公開オナニー事件

伝説の寝たきり男と寒汰の対決は下記のエントリを御覧ください。

寝たきり男 I

寝たきり男 II

無敵の男 II – マニラベイカフェ(MBC)

マニラでも指折りの美味しい料理が味わえるレストラン、大虎の情報はこちらをご参照ください。

大虎の秘密の新メニュー、猫又ラーメンについてはこちらを御覧ください。

.

  
blogram投票ボタン  人気ブログランキングへ 

.

.

悲しみの弁当

寒汰(仮名)は臭皇従業員三好くん(仮名)に、よく国鉄時代の思い出話をしていた。

三好くんが驚くくらい、寒汰の国鉄時代の思い出は暗黒色に彩られていたが、ランチもその1つであった。

寒汰は毎日ポケットには350円しか入っておらず、ランチはいつもパンとジュースを買ってすませていた。

一緒に食事をする同僚は一人もおらず、20代で早くも配置された文字通りの窓際の、それも端の席で、一人汚らしくパンをがっついていたという。

(詳細はこちらのエントリをご参照いただきたい。臭乞食病 I – スーパーを周回して食事を済ます )

どう考えても、普通の人間には恥ずかしい話だが、価値観が常人のそれと完全に逆転している寒汰は、ある意味自慢気にこの話を語っていたという。

ケチるために生まれてきたような男、激しい臭乞食病に罹患した寒汰は、この国鉄時代の悲惨な思い出が、ドケチ・サクセスストーリーに脳内で展開されているのかもしれない。

.

ここから先は下記の音楽を BGM として聞きながら、お読みいただきたい。本文の内容とは一切関係ありませんが、雰囲気が出ます。

閑話休題。寒汰の中学時代の頃の話である。その帯広の中学校では皆家から弁当を持ってくることになっていた。しかし、母・貞子にも忌み嫌われていた寒汰は、ろくに弁当が与えられることはなかった。

そもそもプロテスタント教徒であった貞子は、教会で知り合った在日コリアンの男と親密になり、その子供たちの面倒を甲斐甲斐しく面倒をみるのに忙しく、醜い汚い我が子の寒汰にはほとんど関心を示さなかった。

このことは、アイヌ人とのハーフである寒汰の心に在日コリアンへの激しい憎悪と嫉妬とを引き起こすことになるのだが、普通の日本人である我々には、彼らマイノリティならではの屈折した感情を理解することは到底不可能である。

ともあれ、貞子が寒汰に与える弁当は毎日悲惨なものであった。しかし、ある朝、貞子は妙に機嫌がよかった。そして、珍しく寒汰に微笑みながら – 貞子は異常に汚くて臭いわが子・寒汰に対しては笑顔を見せることすらほとんどなかったのだ – 「母さん、今日は奮発してお弁当を作っちゃった」と言いながら、いつもの数倍は重い弁当箱を寒汰に渡したのである。

この日の朝、寒汰は人生で最良の時を過ごした。生まれて初めて母の優しさに触れた気がしたからだ。

.

(写真と本文は全く関係ありません)

昼食時間になった。寒汰はいつものように教室を出て行った。寒汰は決して教室で弁当を食べない。異常に臭くて汚い寒汰がいると、皆の食事がまずくなってしまうからである。

小学校が始まって本当に最初の頃は寒汰も教室で給食を食べていた。しかし、他人の気持ちを一切考えない寒汰は、あの以上に気持ち悪い顔でニッチャニッチャと食い散らかし、同級生の女の子たちの体を舐め回すように視姦しては、口の周りをベロリベロリと舐めながら、ニタリニタリと笑っていたのである。

(写真と本文は全く関係ありません)

このあまりの気持ち悪さに同級生たちは怒り狂い、それ以来、寒汰は毎日昼食の時間になると教室を追い出されるようになったのである。

寒汰はトイレの個室で立ちながら弁当を食べるのが常であった。アンモニアと大便の臭いに包まれたトイレは食事するのに最悪の場所であるが、嗅覚が一切無く、衛生観念が完全に欠如した寒汰には、トイレで弁当を食べることは、決して苦痛ではないようであった。

後に臭皇の麺工場を作った時も頑としてトイレを作らず、従業員を毎日数時間閉じ込めて作業をさせていた寒汰である。また、札幌琴似店では、条例違反になるにもかかわらず、客用のトイレを作ることを絶対に許さなかった寒汰である。

半年以上、洗濯もしない服を文字通り毎日着続けていても平気な寒汰である。洗濯する代わりに服を裏返しに着て洗濯した気分になっている寒汰である。

水道代ガス代を惜しんでシャワーすら滅多に浴びない寒汰である。

寒汰の衛生観念の欠如ぶりは読者にはよくおわかりであろう。

.

ともあれ、期待に心を踊らせて弁当箱をあけた寒汰の目に飛び込んできたのは、一枚の紙きれと、弁当箱いっぱいに入った汚らしい馬鈴薯であった。

そう、一枚の紙以外は馬鈴薯だけが入っているのである。

馬鈴薯は収穫されていてから相当時間がたっているのか、完全にしなびて一部芽が出ていた。そして、調理するどころか泥がついたままだった。

紙にはこう書かれてあった。

「寒汰、ノシャップ岬のシタラヱシキおじさんが送ってきてくれた馬鈴薯です。友達とわけあって食べなさい。」

確かにとても一人で食いきれる量ではなかった。そして、そもそも弁当箱には、その馬鈴薯以外には一切何も入っていなかった。

これが「奮発した弁当」である時点で、母貞子の寒汰への無関心ぶりが象徴されていると言えよう。

(寒汰が絶望的な味覚音痴であるのも、こういう子供の頃の悲惨な食生活が原因だろう。)

当たり前のことだが、寒汰には馬鈴薯をわけるような友達など一切いなかった。

友達どころか、同級生たちは寒汰に話しかけられると、皆決死の形相で逃げ出すほど嫌われていたのである。

寒汰はしばらく逡巡した後、この生のまま、泥のついたままのしなびた馬鈴薯をモシャモシャと食べ始めた。

あの動物のような寒汰の目は表情が読み取れず、何を考えているかさっぱりわからないが、この時、馬鈴薯についた汚い泥を見るその目は、心なしか悲しみに満ちているようであった。

モシャモシャ、グッチャグッチャ、帯広のとある中学校のトイレの個室から、汚らしくも悲しみに満ちた音が暫くの間、聞こえていた。

5daaf10a716bb35d3bea32d7df0842aa

.

(本エントリは前半部は事実ですが、後半部は事実をもとに筆者が想像したフィクションです。なお、母・貞子が寒汰を忌み嫌い、在日コリアンと親密であったこと、そしてそれが寒汰が在日を憎むようになった部分までは完全に事実です。)

.

20120607160740-1

(写真と本文は全く関係ありません)

「ゲヒヒヒ。俺は正義の味方じゃから、いくらでも他人に迷惑をかけてもいいんじゃよ。他人に迷惑をかけると俺は気分よくなるんじゃよ。俺が歩道を占領する形で駐車したせいで、子供が交通事故にあっても俺に責任じゃないんじゃよ。俺が無料で駐車できる方が大事なんじゃよ。俺は無料で他人のものを利用するのが好きだし、他人に迷惑をかけると、たまらなく気分がよくなるんんじゃよ。どうだ? 俺は賢いだろう?俺は偉いだろう?俺を尊敬しただろう?ゲヒーーーッヒッヒッヒヒ」

 

22s

2011_10_15_1111-02

(写真と本文は全く関係ありません)

寒汰は今日も、マニラ・エルミタの援交カフェ、マニラベイカフェ(MBC 旧称LAカフェ)に居座りながら奇っ怪な声をあげていた。

勾践(こうせん)氏(仮名)や周囲の人間は眉をひそめながら、この狂人を嘲るように見下ろしていた。

.

.
.

寒汰の迷惑行為による被害者一覧

寒汰物語の過去の人気エントリのリストはこちらをご覧下さい。

他人のパスポートや個人情報を晒して喜ぶ寒汰の悪質な行為についてはこちらのエントリをご覧下さい。

パスポートや個人情報をさらす行為

寒汰が過去に行なってきたストーカー行為については下記のエントリをご覧下さい。

女子高生ストーカー事件(実話)

この世に生を受けたばかりの赤ん坊を侮辱し、死んだ方をパスポートをネットで晒し冒涜する寒汰の非人道的行為については下記のエントリを御覧ください。

死者への冒涜

人の誕生と人間としての矜持

絶句レベルの寒汰の公開オナニーの詳細に関しては以下のエントリを御覧ください。

絶句!釧路臭皇・公開オナニー事件

伝説の寝たきり男と寒汰の対決は下記のエントリを御覧ください。

寝たきり男 I

寝たきり男 II

無敵の男 II – マニラベイカフェ(MBC)

マニラでも指折りの美味しい料理が味わえるレストラン、大虎の情報はこちらをご参照ください。

大虎の秘密の新メニュー、猫又ラーメンについてはこちらを御覧ください。

.

  
blogram投票ボタン  人気ブログランキングへ 

.

.

『ひとりで食事をするのが恥ずかしくない』男

寒汰は国鉄勤務時代、仕事が全くできずかつ異常な性格だったため仲の良い同僚が全く居なかった。

毎日昼食を一緒にとる相手もおらず、パンとジュースを買って一人わびしく食事をしていた。

そんな寒汰の姿を同僚たちは指をさして大笑いしていた。

ちなみに、当時寒汰の夕食はスーパーの試食コーナーであった。

スーパーを三周すれば試食だけで腹がいっぱいになると、寒汰はその後繰り返し臭皇の従業員や客に自慢気に語っている。

帯広の極貧アイヌ家庭に生まれ、母親からも蔑まれて育った寒汰はろくに食事も与えられなかったせいで、異常なまでのドケチになっていた。そして食事代をケチることが人生の目的になっていた。

臭乞食病ともいえる、その異常なドケチぶりは衆人の蔑視するところであったが、寒汰自身はそれを真逆に勘違いし、ドケチになればなるほど他人に賞賛されてると思い込んでいた。

.

そんな寒汰は2010年6月12日の魔尼羅盗撮バージン(仮名)でこう書いている。

『ひとりで食事をするのが恥ずかしい』そんな学生が増えているのだそうであります。

その根拠は「友達が居ないと思われるのが恥ずかしい」ということだそうで、その数約40% 中には昼食をトイレでする学生も居るのだそうです。

何かが、日本の子供たちの中で、大きく狂いはじめていることだけは、確かなようです。

学校で一緒に食事をとる友達がいないことはやはり恥ずかしいと筆者は思う。トイレで食事をしなくても、普通の人間なら一緒に食事を取る程度の友達など学校にいくらでもいるはずだし、それを断られるというのはよほど人間性に問題があるとしか思えない。

一方、生まれてこの方誰からも親しくされたことがなく、国鉄でも毎日一人で昼食をとっていた寒汰は、食事を一人寂しくとることの恥ずかしさが一切わからないのであろう。

友達がいないこと、そして友達ができないほど異常に社会性がないことを自分で恥ずかしいと思わないのである。

日本だけでなくタイでも中国でもアメリカでも食事は連れ立って行く。中華料理は集団で食事をするのが前提の作りになっているし、フィリピンでも一つのものを家族や仲間でわけあって食べるのが伝統である。

職場で昼食時になれば、近くの席の同僚たちが声を掛けあって一緒に食事をするのが世界共通の文化である。また、同僚から「ランチ行く?」と誘われた時、先約があって誘いを断らなくてはいけない場合も「あなたのことが嫌いで断ってるのではないですよ」というサインを送ることはよくある。

ちなみに英語ならば “Can I take a rain check?” (また今度誘ってらもってもいい?) という便利な表現がある。

こういうさりげないサインの交換の積分がコミュニケーションスキルであり、ソーシャルスキルなのだろう。

行間を一切読むことができず、生まれてこの方一人も友人がいない寒汰には完全に欠落している能力である。

一人で食事する侘しさ、恥ずかしさがわからない寒汰は、アイヌ人ゆえの文化の違いというよりは、単に寒汰は羞恥心というものが欠如しているだけと言ってもいいかもしれない。

.

「ゲヒーーーーー!俺、一緒に飯を食う友達居なくても平気!そんな俺、偉い!俺、勇気ある!俺、男の中の男!俺、偉すぎる!ゲヒーーーーーーーー!」

そう雄叫びをあげる寒汰を、国鉄時代同様、今も周囲の人間は冷たい目で嘲るように見ていることに寒汰は一切気づいてないのであった。

.

.

「臭橋◯至、高橋◯至、臭橋◯至、高◯順至、臭橋順◯、◯橋順至、高橋◯至!臭橋順◯はネットオタクで凄い!」寒汰は今日も、釧路町木場にあるホーマックで千枚通しを買いながら奇っ怪な声をあげていた。

勾践(こうせん)氏(仮名)や周囲の人間はまゆをひそめながら、この狂人を嘲るように見下ろしていた。

.

.
.

寒汰の迷惑行為による被害者一覧

寒汰物語の過去の人気エントリのリストはこちらをご覧下さい。

他人のパスポートや個人情報を晒して喜ぶ寒汰の悪質な行為についてはこちらのエントリをご覧下さい。

パスポートや個人情報をさらす行為

寒汰が過去に行なってきたストーカー行為については下記のエントリをご覧下さい。

女子高生ストーカー事件(実話)

この世に生を受けたばかりの赤ん坊を侮辱し、死んだ方をパスポートをネットで晒し冒涜する寒汰の非人道的行為については下記のエントリを御覧ください。

死者への冒涜

人の誕生と人間としての矜持

絶句レベルの寒汰の公開オナニーの詳細に関しては以下のエントリを御覧ください。

絶句!釧路臭皇・公開オナニー事件

伝説の寝たきり男と寒汰の対決は下記のエントリを御覧ください。

寝たきり男 I

寝たきり男 II

無敵の男 II – マニラベイカフェ(MBC)

マニラでも指折りの美味しい料理が味わえるレストラン、大虎の情報はこちらをご参照ください。

大虎の秘密の新メニュー、猫又ラーメンについてはこちらを御覧ください。

.

  
blogram投票ボタン  人気ブログランキングへ 

.

.

年功序列

これでも寒汰は、フィリピンに通い始めた頃はまだ、他人に対して偉そうな態度をとることは今より少なかったようである。

(もちろん、十分に有害で他人に迷惑をかけまくっていたから、デビル総裁率いるグループも寒汰に対する怒りを隠さないのであるのだが)

寒汰がフィリピンに通いだして2年後、ざ・マニラから追放された後、寒汰は周囲に対して偉そうな態度をとるようになっていく。

「ゲヒヒヒヒ。俺はフィリピンベテランなんじゃよ。俺は凄いんじゃよ。お前は駄目なやつだ。俺を尊敬しろ。ゲヒーーーッヒヒヒッヒヒヒ」

英語もタガログ語も一切できない寒汰が「お前はもっと英語/タガログ語を勉強しろ」と英語やタガログ語が寒汰より遥かに出来る人間に言うのは、笑止千万だが、寒汰本人はどうも大真面目なようであった。

この寒汰の行動の裏には、寒汰が10年以上務めていた国鉄の文化があるように思われる。国鉄では先輩後輩関係が絶対で、能力の有無にかかわらず先輩が後輩に対して偉そうに振る舞っていたという。

.

筆者が最初に勤めた会社は典型的な日本の大企業だった。年功序列が明確にあり、出身大学によって昇進のスピードがある程度決まっていた。入社時に特別な星がついた人間は、よほどの落ち度がない限り、課長までは最短コースで昇進していく。一般社員にはそういう最短経路がどういうものであるかも、自分にその星がついているかどうかすらわからないが、星がついてる人間は、入社時からそれが薄々わかるようになっていた。

同期入社そろっての研修など、なにかイベントがあるたびに必ず代表などに指名されるし、新しい部署に配属されると直属でない上司たちからやたらと目をかけられ、非公式なサークルにやたらと呼ばれる。その非公式なサークルのメンバーは、最短コースで昇進した人間ばかりで占められているので、なぜ自分がそこに呼ばれているのかも嫌でもわかるのだ。

最短コースで昇進していくと、困ったことが一つある。それは高卒の年老いた人間が、自分の下につくことである。高卒でも専門技術で非常に優秀な人間はいて、そういう人とは筆者も職級を超えて仲良くなった。ただ、そういうケースは恐ろしく稀である。だいたい、ろくに使えない。新しい技術が覚えられない。新しい技術を教えても、古い時代遅れな手法でしか使えないので効率が恐ろしく悪い。そもそも頭が悪いので、臨機応変な対応ができない。はっきり言って、箸にも棒にもかからない。新卒の大学生の方が半年もあればよほど使えるようになる。だから、特に技術を扱う筆者の居た部門では、そういう老年組はどこのチームも取りたがらず、ババ抜きのババのように皆で押し付けあっていた。

(彼らの名誉のために言うと、彼らは人柄はとてもいい人が多かった。)

.

話を戻そう。高卒の上に仕事が一切できなかった寒汰は国鉄では一切昇進ができず、若い頃から窓際族で、毎日昼飯を一緒にとる仲間さえおらず、150円でパンを買って食べていたらしい。

そんな寒汰はフィリピンに来て感動した。夜遊びには職級はない。フラットなのだから、先輩後輩の差があるだけだ。新入社員当時から寒汰より職級が上で、しかもすぐに昇進していく制度はない。寒汰は小踊りして喜んだ。

「ゲヒーーーーーー!俺より後にフィリピンに来た人間、俺の後輩。だから俺の方が偉い!俺、凄い!俺、尊敬される!俺、嬉しい!ゲヒーーーーーーーーーーー!」

しかし、一方で、寒汰は自分の能力がフィリピンに来る日本人(含むアイヌ人)の中でも恐ろしく低いことに気づいていなかった。寒汰より後からフィリピンに嵌った人間でも、皆寒汰より遥かに英語もタガログ語もできるし、売春婦あしらいも、お店での遊びもうまかった。

だからといって、彼らの方が「偉い」というわけではないが、寒汰が尊敬される理由は何もないことも事実なのだ。

当たり前である。タイ語とタガログ語の区別がつかない、寒汰。シュッテルバス英語の寒汰に「お前は英語/タガログ語を勉強しろ」と言われても、まともに聞き入れられるわけがない。

行くKTV、ゴーゴーバーで女から蛇蝎のごとく嫌われて、ウェイトレスが注文すら取りに来ない寒汰が「俺は女心の達人なんじゃよ。俺は偉いんじゃよ。ゲヒーーーーーー!」と言っても、尊敬できるわけがない。

ここに寒汰の悲劇がある。

寒汰は職級がないフィリピン夜遊びの世界なら、自分がフィリピン先輩として大いに威張れると思っていた。しかし、寒汰の能力があまりに低いため、ほとんど誰も寒汰を尊敬しなかった。寒汰を尊敬したのはせいぜい頭の弱い takashi くらいであった。

さらに、一時は寒汰がすごい人だと勘違いしていた takashi のような人間も、やがて寒汰が何も知らないただのインチキ田舎老人だと知って、次々に離れていくに従い、寒汰の苦悩は増した。

「クソッ、クソッ、クソッ!俺は凄いんじゃよ。俺は世界一のフィリピンベテランなんじゃよ。だけど、誰も俺を尊敬しない。クソッ、クソッ、クソッ!」

困り果てた寒汰は、自分自身のブログに自作自演のコメントを入れるようになった。

「寒汰さん、いつもブログを愛読しています。寒汰さんのブログは素敵ですね。私も寒汰さんのようになりたいです。」

自己愛性人格障害の寒汰は、この自作自演の行為がはまった。生まれてこの方他人に一切ほめられたことのない寒汰は、自分のコメントで有頂天になってしまったのだ。

「ゲヒーーーー!俺、褒められた!俺、凄い!ゲヒーーーー!」

しかし、あまりに見え透いた自作自演に酔う寒汰は周囲から見れば気持ち悪いだけであった。そして、寒汰はますます周囲から疎まれていく悪循環を迎えることになるのである。

.

 

(写真と本文は全く関係ありません)

寒汰がフィリピンに通いだして今年で10年になる。寒汰の脳内では自称フィリピンベテランとして、フィリピン夜遊び会の皇帝となるはずであったが、現実は真逆だった。寒汰はありとあらゆる知人友人に嫌われ、とうとうフィリピンに通うことすらままならなくなったのが現実である。

その最大の理由は、もちろん寒汰の異常な性格である。それに加えて、国鉄時代に染み付いた「先輩になれば偉ぶれる」という概念がさらに悪影響を与えたのではないかと筆者は思っている。

筆者は寒汰の奇行を見るたびに、某日本企業に居た、仕事的には箸にも棒にもかからなかった老従業員たちを思い出す。彼らは人柄はとてもよく、普通に話す分には何ら問題無い人達であった。(知的な刺激はない会話だったが)

一方、寒汰の場合は、能力がないだけでなく自分が有能で自分が先輩で偉いと勘違いしている。負の要素を全て詰め込んだ存在、それが寒汰の寒汰たる所以なのだろうとつくづく感じる次第なのである。

.

.

「臭橋◯至、高橋◯至、臭橋◯至、高◯順至、臭橋順◯、◯橋順至、高橋◯至!臭橋順◯はネットオタクで凄い!」寒汰は今日も、釧路町木場にあるホーマックで千枚通しを買いながら奇っ怪な声をあげていた。

勾践(こうせん)氏(仮名)や周囲の人間はまゆをひそめながら、この狂人を嘲るように見下ろしていた。

.

.
.

寒汰の迷惑行為による被害者一覧

寒汰物語の過去の人気エントリのリストはこちらをご覧下さい。

他人のパスポートや個人情報を晒して喜ぶ寒汰の悪質な行為についてはこちらのエントリをご覧下さい。

パスポートや個人情報をさらす行為

寒汰が過去に行なってきたストーカー行為については下記のエントリをご覧下さい。

女子高生ストーカー事件(実話)

この世に生を受けたばかりの赤ん坊を侮辱し、死んだ方をパスポートをネットで晒し冒涜する寒汰の非人道的行為については下記のエントリを御覧ください。

死者への冒涜

人の誕生と人間としての矜持

絶句レベルの寒汰の公開オナニーの詳細に関しては以下のエントリを御覧ください。

絶句!釧路臭皇・公開オナニー事件

伝説の寝たきり男と寒汰の対決は下記のエントリを御覧ください。

寝たきり男 I

寝たきり男 II

無敵の男 II – マニラベイカフェ(MBC)

マニラでも指折りの美味しい料理が味わえるレストラン、大虎の情報はこちらをご参照ください。

大虎の秘密の新メニュー、猫又ラーメンについてはこちらを御覧ください。

.

  
blogram投票ボタン  人気ブログランキングへ 

.

.

重慶爆撃と厨二メルヘン I

アイヌ人とのハーフとして生まれ、在日朝鮮人に妙な連帯感と、それと裏合わせの近親憎悪を持ってきた寒汰は、元来中国に対して異常なまでに憧れが強かった。

国鉄時代、共産党系の労組に入り、仕事は一切せずに労働組合活動だけしたことにより、この中国びいきに拍車がかかったようだ。(もっとも労働組合活動といっても当時盛んだったデモがあると、寒汰はまっさきに逃げ出し、同僚たちから指をさされて嘲笑われていたと青木先輩が語っていた。)

寒汰が経営する店の名前の臭皇(仮名)の読みも、「クサオウ」ではなくて「チョウファン」にしたのはその中国びいきのあわられなのだろう。

(もっとも、そこまで中国が大大大大大好きな割には、中国の通貨記号すら知らないのである。)

.

もとより日本人としての意識は希薄な寒汰である。子供の頃から自分をいじめ抜いた日本人と日本社会に、寒汰は憧れとともに激しい憎悪を持っていた。日本人の女性から全く相手にされなかったことも、この憧れと憎悪を加速させたようである。

日本人としての責任を果たすことより、いかにして日本社会や日本政府から無料で恩恵だけをかすめ取るかしか考えていなくなった寒汰は、とにかく日本の国益を損ねることばかりを夢想するようになっていた。

その寒汰の異常な意識があらわになったのが、2010年の尖閣諸島中国漁船衝突事件である。寒汰はあろうことか、「尖閣諸島周辺の海域は中国領海である。領海侵犯をしたのは日本の巡視船である。」と言い始めたのである。

筆者はこれに度肝を抜かれた。いくら中国びいきでも、日本人でここまで中国に媚びを売るような発言をする人間はいない。寒汰の売国奴ぶりをはっきり実感したのがこの時であった。

さらに、寒汰が過去に作ったサイトをみると、重慶爆撃についての転載があった。

重慶爆撃―「ヒロシマに先行するヒロシマ」 (略)

日本軍による中国・重慶に対する戦略爆撃の特徴
� 「都市そのもの」を攻撃対象とする明白な意図の下、持続的な攻撃だったこと。ゲルニカ爆撃と違って一回限りでなく、2年半、218回にわたって続き、1万1885人が犠牲となる。
� 「空軍力のみ」による攻撃であったこと。南京や上海への侵攻作戦と異なり、地上部隊とまったく連携しない、空からの攻撃のみに終始した。
� 「戦争継続意志の破壊」が作戦目的に掲げられ、「戦略爆撃」の名称が初めて用いられたこと。したがって市街地と市民が目標であり、対人殺傷用の焼夷弾が多用された。また使用されなかったものの、化学爆弾と細菌爆弾も準備されていた。

photo : 『日本軍の爆撃により家畜のように屠殺された中国人』 浅卑新聞より

何のコメントもなくただ、転載をしているだけなので、寒汰もこの書籍の内容と全く同じ意見なのだろうと推察される。どうやら寒汰は日本軍の重慶爆撃が非人道的なものでならないと気がすまないようである。

筆者はこれまで日本にいるマイノリティに対してネガティブな印象は持ってなかった。しかし、アイヌ人ハーフの寒汰の傍若無人なふるまいと、売国奴ぶりを見るにつけ、少なくとも一部のマイノリティは日本人として許しがたい性質を持つのではないかという疑問を抱きつつある。

(続く)

.

.
.

寒汰物語の過去の人気エントリのリストはこちらをご覧下さい。

寒汰が過去に行なってきたストーカー行為については下記のエントリをご覧下さい。

女子高生ストーカー事件(実話)

この世に生を受けたばかりの赤ん坊を侮辱し、死んだ方をパスポートをネットで晒し冒涜する寒汰の非人道的行為については下記のエントリを御覧ください。

死者への冒涜

人の誕生と人間としての矜持

絶句レベルの寒汰の公開オナニーの詳細に関しては以下のエントリを御覧ください。

絶句!釧路臭皇・公開オナニー事件

伝説の寝たきり男と寒汰の対決は下記のエントリを御覧ください。

寝たきり男 I

寝たきり男 II

無敵の男 II – マニラベイカフェ(MBC)

マニラでも指折りの美味しい料理が味わえるレストラン、大虎の情報はこちらをご参照ください。

.

にほんブログ村 旅行ブログ フィリピン旅行へ  にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ

.

.

ハーフ・ジェームスとアイヌ

寒汰は自称ハーフである。

マニラベイカフェ(旧LAカフェ)で、ポクポク相手にいつも「ゲヒヒヒヒ。俺はフィリピン人とのハーフなんじゃよ。俺をジェームス(仮名)と呼べ。俺はハーフだから偉いんじゃよ。俺は凄いんじゃよ。ゲヒーーーッヒヒヒヒヒッヒヒヒヒ」と語っていたという。

残念ながら寒汰が名乗った英語名はポクポクたちも正確に覚えていないという。どっからどうみても日本人なのに、日本語でアメリカ人のような名前で違和感がありすぎたからだという。

あまりの違和感と寒汰のあまりの偉ぶりかたにポクポクたちは皆辟易し、まゆを潜めていたが、語学以前にコミュニケーション能力が決定的に欠如する寒汰はそれにも気づかず有頂天になっていたという。

そもそも、ハーフだったら何が偉いのか、それもフィリピン人と日本人のハーフだったら何が偉いのか、普通の人間にはさっぱりわからないが、寒汰はハーフがとても偉いことだと思い込んでいるようだった。

48歳で初めてフィリピンに来るまで海外は全く経験がない(脳内妄想で「若いころには南仏とイタリアを気ままに旅してまわった」そうだが、当時寒汰はパスポートすら持っていなかった。)どころか、東京のことさえ知らず釧路の片田舎しかしらないインチキ田舎老人寒汰にとっては、ハーフという響きは海外の香りがする至上の憧れの言葉だったのかもしれない。

今時、ハーフなど身の回りにいくらでもいるし、帰国子女がこれだけたくさんおり、フィリピン以外の先進国で働く人間がこれほどたくさんいる21世紀の日本なのに、インチキ田舎老人寒汰には、海外というのはとてつもない羨望の対象のようだった。

.

「ゲヒーーーーーー!俺、フィリピン人とのハーフ!俺、凄い!俺、国際人!俺、偉すぎる!ゲヒーーーッヒヒヒヒヒッヒヒヒヒ」

寒汰は奇っ怪な声で怒鳴り散らしていたが、実は寒汰がハーフであるというのは一部本当の話であった。

もちろん、コケイジャンとのハーフではない。(コケイジャンが何を意味するか、懸命な読者の皆様ならおわかりだと思うが、白人=アメリカ人だと思いこんでいるインチキ田舎老人寒汰には理解不能な言葉である。) 寒汰はハーフはハーフでも、日本人とアイヌ人のハーフであった。父親がアイヌ人、母親が日本人のようである。

寒汰の下のまつげが異様に長いこと、全身の毛が濃いこと、体臭が異常にきついこと、そして極貧家庭の生まれというのもアイヌゆえのことらしい。

.

筆者はごく普通の日本の家庭に生まれ育ち、アイヌどころか在日とも縁がない人生を送ってきたので、アイヌといってもネガティブな印象はなかった。むしろ文化人類学的な興味とノスタルジーをかきたてられ、プラスの印象があったと言ってもよいほどだ。しかし、北海道で生まれ育った人々に聞くと、アイヌ人は北海道では激しく差別されてきたようである。そして、差別されるのもある程度仕方のない事情もあったようである。

某ソーシャルサイトでいただいたコメントをご紹介したい。

多分寒汰と同じ年くらいの石狩出身の人が小学校の同級生にアイヌが居たそうです。

「女の子だったんだけどものすごく苛められて可愛そうだった。でも不潔で不潔で仕方なかったの。ある日、石狩川で水死体で見つかったんだけど多分苛めか何かで殺されたんだろうって言われてて、、、、」

日本人に怨念を持つのも仕方がないかもしれません。

この女の子には同情する。上記で書いたように筆者は元々アイヌに悪いイメージはない。むしろ淡い良い印象があるほどだった。

ただ、寒汰に不快な思いをさんざんさせられてきたことを思い返すと、上記のアイヌの女の子が虐められていたのには相応の理由があると思えてしまう。

アイヌに極貧家庭が多く、体臭が強いのには同情を禁じ得ないが、実際そういう人間がクラスメートでいて、寒汰のように粘着質に何年間もストーカーする人間がいれば、虐めたくもなるのが人間である。残念ながらほとんどの人間は聖人君子ではないのだ。臭くて不潔な存在が近くに長くいれば怒りさえ感じるものなのだ。

.

アイヌの中でも卑しい極貧家庭に生まれ、父親からも母親からも疎まれて育った寒汰は、普通のアイヌ人以上に周囲から虐められてきたことは想像に難くない。

寒汰の異常なまでの在日韓国人/朝鮮人への憎悪と、それでいながら異常に彼らに擦り寄る様はマイノリティ同士にしか分かり得ない壮絶な体験に基づくものなのだろう。

(筆者は北海道で反アイヌ運動をしている方に相談したのだが、アイヌ、在日、部落の三者は互いに激しく憎悪しながらも妙に仲良く行動をするものなのだと説明を受けた。)

壮絶なまでのいじめにあう中で(寒汰の場合は自業自得の面がほとんどであるが)、寒汰はそれをすべて自分の出自がアイヌだからだと思いこむことで精神の安定を保ったのだろう。

そして、激しく日本を憎悪し、その反動で異常なまでに中国びいきになったのだろう。尖閣諸島周辺の海域が中国領海??であるという、基地外じみた主張も純粋日本人ではなく、日本を憎悪するゆえの狂ったマイノリティの発想なのだとすれば理解できる。

また、国民としての義務も果たさず税金もろくに払わないくせに、恩恵だけは人の3倍4倍受けなければ気が済まない寄生虫根性も、そのマイノリティのコミュニティで学んだようである。寒汰のような知的障害に近い人間が、国鉄に就職できたのも不思議だったが、それもマイノリティ用の枠のおかげで入れたようである。

寄生虫根性は寒汰の場合、顕著である。自分は税金も払わず、盗水、盗電を行い店の看板さえプロのイラストレーターのものを盗用して当然のような顔をしている。自分は法も守らず国への義務を果たさないくせに、何かあると人の数倍他人に文句を言うのだ。義務は絶対に果たさないのに、自分の権利だけ大げさに主張する人間の屑なのである。さらに、そもそ義務を果たすことを悪だとさえ思っている節があるのは常人には理解しがたい。

.

この手のマイノリティの人すべてとは言わないが、比較的多いと言われるのが、異常な寄生虫根性に加えて、異常なまでの背伸び、嘘つきである。自分を過剰なまでに大きく見せたがり、見え見えの嘘をつきたがるのである。

嘘つきの度合いも尋常ではない。寒汰は自分の家が三代続いた名家で、臭皇の創業が大正11年だと言っているが、登記簿にははっきり会社設立は平成2年と出ている。どこからどう見ても大嘘である。

(写真と本文は全く関係ありません)

すぐにバレる嘘をつく寒汰なのである。

また、フィリピンでもパサイの有名日本食料理屋エダモト(仮名)に迷惑をかけ営業妨害を行なってきたにも関わらず、「ネモトを大きくしたのは俺なんじゃよ。俺がネモトの影の経営者なんじゃよ。ゲヒーーーッヒヒヒヒヒッヒヒヒヒ」と、真っ赤な嘘を10年に渡ってつき続けた寒汰である。エダモト(仮名)のマグロ子おばちゃん(仮称)にはとうとう出入り禁止を食らったのは読者の皆様の記憶にも新しいところだろう。

寒汰が自分が国際人であると偽り、アイヌ人とのハーフであるにもかかわらず、白人とのハーフであると売春婦にもすぐに見抜かれる大嘘をつくのも、寒汰の生まれ育った卑しい環境と無縁であるとは言えないだろう。

「ゲヒーーーーーー!俺、国際人!俺、白人とのハーフ!俺のことはジェームスと呼べ!俺、偉い!偉すぎる!ゲヒーーーーーーーーー!」

.

日本語でそう叫ぶ寒汰は、58年間虐められ続けてきた鬱憤を、ウソを付くことで晴らしているのかもしれない。もっとも、寒汰が虐められてきた理由の大半は本人の問題、自業自得であることは周知の事実である。

.

(本文中にも書いたとおり、筆者は本来アイヌに対してネガティブな印象はない。寒汰というアイヌ人ハーフに多大な迷惑を被り不快な思いをしたが、その他のアイヌ人に対しては未だに文化人類学的な興味を覚えるし、貶めるつもりではないことに留意されたい。)

.

.

「臭橋◯至、高橋◯至、臭橋◯至、高◯順至、臭橋順◯、◯橋順至、高橋◯至!臭橋順◯はネットオタクで凄い!」寒汰は今日も、釧路町木場にあるホーマックで千枚通しを買いながら奇っ怪な声をあげていた。

勾践(こうせん)氏(仮名)や周囲の人間はまゆをひそめながら、この狂人を嘲るように見下ろしていた。

.

.
.

寒汰の迷惑行為による被害者一覧

寒汰物語の過去の人気エントリのリストはこちらをご覧下さい。

他人のパスポートや個人情報を晒して喜ぶ寒汰の悪質な行為についてはこちらのエントリをご覧下さい。

パスポートや個人情報をさらす行為

寒汰が過去に行なってきたストーカー行為については下記のエントリをご覧下さい。

女子高生ストーカー事件(実話)

この世に生を受けたばかりの赤ん坊を侮辱し、死んだ方をパスポートをネットで晒し冒涜する寒汰の非人道的行為については下記のエントリを御覧ください。

死者への冒涜

人の誕生と人間としての矜持

絶句レベルの寒汰の公開オナニーの詳細に関しては以下のエントリを御覧ください。

絶句!釧路臭皇・公開オナニー事件

伝説の寝たきり男と寒汰の対決は下記のエントリを御覧ください。

寝たきり男 I

寝たきり男 II

無敵の男 II – マニラベイカフェ(MBC)

マニラでも指折りの美味しい料理が味わえるレストラン、大虎の情報はこちらをご参照ください。

大虎の秘密の新メニュー、猫又ラーメンについてはこちらを御覧ください。

.

  
blogram投票ボタン  人気ブログランキングへ 

.

.

雇われ社長 – 臭皇最後の謎 II

寒汰は食のド素人である。さらに極度の味音痴であることが、既に明らかになっている。加えて、経営の知識も全くない。
そんな人間がどうして経営者として飲食チェーン臭皇を成功に導けたのか、そしてどうして年商3千4百万円を上げれるようになったのか。これは臭皇に関する最後にして最大の謎だった。
しかし、その謎がとうとう解き明かされる時が来たのである。

(この写真の孫悟空は下記のラーメン店孫悟空とは別の店のようである。

新田さんが居たラーメン孫悟空は現存しない。)

.

1987年、国鉄が民営化されてJRになった。国鉄職員だった寒汰は仕事は一切せずに組合活動ばかりしていたので、真っ先にクビになった。国鉄職員なのに鉄道のことを全く知らず、日本全土が泥炭でてきている(魔尼羅盗撮バージンの2010年12月5日のエントリ)などととんでもない勘違いをしているのは、一切仕事をしていなかったせいである。

さらに言うなら組合員としても全く役立たずで、デモに参加しても警察が来ると脇目もふらずに真っ先に逃げ出すへっぴり腰ぶりで、同僚たちから指をさされて嘲笑われていたほどである。

そんな寒汰は昼食時も一緒に食べてもらえる同僚がおらず、いつも250円のパンとジュースを買って食べていたという(寒汰本人が語っていた)。文字通り窓際の席をあてがわれていた寒汰は友だちもおらず、いつも一人で「いつか偉くなって俺を馬鹿にしてるやつらを見返してやる」とブツブツ独り言を言っていたので、ますます気持ち悪がられて誰も近寄らなかったそうである。

民営化の際、当然のようにクビになった寒汰であったが、大量の退職金があったのは幸運だった

さらに毎日250円のパンとジュースで過ごしたので貯金はそれなりにあった。釧路市星が浦大通二丁目の国鉄寮に住んでいたのも貯金に役立った。退職金とあわせると、全部で5百万円以上になった。

国鉄をクビになった寒汰は、北海道釧路市嫌国東2丁目22の安アパートに移り住み、毎日あてもなくブラブラとしていた。

恐ろしいほどに教養がなく、運動もできない寒汰は趣味らしい趣味はなかったが、唯一趣味といえるのが、安い食い物の食べ歩きだった。帯広の卑しい極貧家庭で生まれ、子供の頃ろくに食事すら与えられなかった寒汰は異常に食い意地が張っていた。

ただし、食い意地ははっていても食の知識はゼロに等しかった。うるち米ともち米の区別さえつかなかったり、ピーナッツバターとカレー味の区別がつかなかったり、タマリンドの酸味を酢酸だと思い込んだり、水牛の肉と和牛の肉の区別が一切つかないほどの味音痴、そして食の知識がない寒汰である。食べ物の味も一切わからなかった。

子供の頃の貧困生活のおかげで異常に食い意地だけは張っていた寒汰にとって、値段だけが唯一の基準だった。

安ければなんでも良い、高ければなんでも悪い、という単純極まりない思考回路が寒汰の中で出来上がっていた。普通の人間なら逆なのだろうが、極貧生活が長かった寒汰は高い商品に対して本能的に憎悪を抱くようになっていたのだ。

さらに一切味がわからないので、最高のフレンチシェフが素材をよりすぐり腕を奮って作った究極の一品も、すき家の250円の牛丼も区別がつかないのだ。寒汰が高いレストランに対して「ぼったくりだ!」と因縁をつけるのは、味覚が全くなく食べ物の価値が全くわからないから、ある意味当然でもあったのだ。

そんな寒汰が大好きなレストランは、ラーメン屋。当時寒汰が通いつめていたのが、ラーメン孫悟空(現存しない)である。このラーメン孫悟空には愛想のいい30台のおばちゃんが居た。名前は新田(仮名)という。当時、既に夫も子供もいた新田さんであるが、本当に愛想がよくだれにでも分け隔てなく接するので人気者だった。

特に、寒汰は、子供の頃から女性にら蛇蝎のように忌み嫌われ、スナック舞子ではとうとう放置プレーされるようになった頃である。ニコニコと話しかけてくれる新田さんに好意をもつようになった。

(続く)

.

.
.

寒汰が過去に行なってきたストーカー行為については下記のエントリをご覧下さい。

女子高生ストーカー事件(実話)

この世に生を受けたばかりの赤ん坊を侮辱し、死んだ方をパスポートをネットで晒し冒涜する寒汰の非人道的行為については下記のエントリを御覧ください。

死者への冒涜

人の誕生と人間としての矜持

絶句レベルの寒汰の公開オナニーの詳細に関しては以下のエントリを御覧ください。

絶句!釧路臭皇・公開オナニー事件

伝説の寝たきり男と寒汰の対決は下記のエントリを御覧ください。

マニラでも指折りの美味しい料理が味わえるレストラン、大虎の情報はこちらをご参照ください。

.

にほんブログ村 旅行ブログ フィリピン旅行へ  にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ

.

.