悲しみの弁当

寒汰(仮名)は臭皇従業員三好くん(仮名)に、よく国鉄時代の思い出話をしていた。

三好くんが驚くくらい、寒汰の国鉄時代の思い出は暗黒色に彩られていたが、ランチもその1つであった。

寒汰は毎日ポケットには350円しか入っておらず、ランチはいつもパンとジュースを買ってすませていた。

一緒に食事をする同僚は一人もおらず、20代で早くも配置された文字通りの窓際の、それも端の席で、一人汚らしくパンをがっついていたという。

(詳細はこちらのエントリをご参照いただきたい。臭乞食病 I – スーパーを周回して食事を済ます )

どう考えても、普通の人間には恥ずかしい話だが、価値観が常人のそれと完全に逆転している寒汰は、ある意味自慢気にこの話を語っていたという。

ケチるために生まれてきたような男、激しい臭乞食病に罹患した寒汰は、この国鉄時代の悲惨な思い出が、ドケチ・サクセスストーリーに脳内で展開されているのかもしれない。

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ここから先は下記の音楽を BGM として聞きながら、お読みいただきたい。本文の内容とは一切関係ありませんが、雰囲気が出ます。

閑話休題。寒汰の中学時代の頃の話である。その帯広の中学校では皆家から弁当を持ってくることになっていた。しかし、母・貞子にも忌み嫌われていた寒汰は、ろくに弁当が与えられることはなかった。

そもそもプロテスタント教徒であった貞子は、教会で知り合った在日コリアンの男と親密になり、その子供たちの面倒を甲斐甲斐しく面倒をみるのに忙しく、醜い汚い我が子の寒汰にはほとんど関心を示さなかった。

このことは、アイヌ人とのハーフである寒汰の心に在日コリアンへの激しい憎悪と嫉妬とを引き起こすことになるのだが、普通の日本人である我々には、彼らマイノリティならではの屈折した感情を理解することは到底不可能である。

ともあれ、貞子が寒汰に与える弁当は毎日悲惨なものであった。しかし、ある朝、貞子は妙に機嫌がよかった。そして、珍しく寒汰に微笑みながら – 貞子は異常に汚くて臭いわが子・寒汰に対しては笑顔を見せることすらほとんどなかったのだ – 「母さん、今日は奮発してお弁当を作っちゃった」と言いながら、いつもの数倍は重い弁当箱を寒汰に渡したのである。

この日の朝、寒汰は人生で最良の時を過ごした。生まれて初めて母の優しさに触れた気がしたからだ。

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(写真と本文は全く関係ありません)

昼食時間になった。寒汰はいつものように教室を出て行った。寒汰は決して教室で弁当を食べない。異常に臭くて汚い寒汰がいると、皆の食事がまずくなってしまうからである。

小学校が始まって本当に最初の頃は寒汰も教室で給食を食べていた。しかし、他人の気持ちを一切考えない寒汰は、あの以上に気持ち悪い顔でニッチャニッチャと食い散らかし、同級生の女の子たちの体を舐め回すように視姦しては、口の周りをベロリベロリと舐めながら、ニタリニタリと笑っていたのである。

(写真と本文は全く関係ありません)

このあまりの気持ち悪さに同級生たちは怒り狂い、それ以来、寒汰は毎日昼食の時間になると教室を追い出されるようになったのである。

寒汰はトイレの個室で立ちながら弁当を食べるのが常であった。アンモニアと大便の臭いに包まれたトイレは食事するのに最悪の場所であるが、嗅覚が一切無く、衛生観念が完全に欠如した寒汰には、トイレで弁当を食べることは、決して苦痛ではないようであった。

後に臭皇の麺工場を作った時も頑としてトイレを作らず、従業員を毎日数時間閉じ込めて作業をさせていた寒汰である。また、札幌琴似店では、条例違反になるにもかかわらず、客用のトイレを作ることを絶対に許さなかった寒汰である。

半年以上、洗濯もしない服を文字通り毎日着続けていても平気な寒汰である。洗濯する代わりに服を裏返しに着て洗濯した気分になっている寒汰である。

水道代ガス代を惜しんでシャワーすら滅多に浴びない寒汰である。

寒汰の衛生観念の欠如ぶりは読者にはよくおわかりであろう。

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ともあれ、期待に心を踊らせて弁当箱をあけた寒汰の目に飛び込んできたのは、一枚の紙きれと、弁当箱いっぱいに入った汚らしい馬鈴薯であった。

そう、一枚の紙以外は馬鈴薯だけが入っているのである。

馬鈴薯は収穫されていてから相当時間がたっているのか、完全にしなびて一部芽が出ていた。そして、調理するどころか泥がついたままだった。

紙にはこう書かれてあった。

「寒汰、ノシャップ岬のシタラヱシキおじさんが送ってきてくれた馬鈴薯です。友達とわけあって食べなさい。」

確かにとても一人で食いきれる量ではなかった。そして、そもそも弁当箱には、その馬鈴薯以外には一切何も入っていなかった。

これが「奮発した弁当」である時点で、母貞子の寒汰への無関心ぶりが象徴されていると言えよう。

(寒汰が絶望的な味覚音痴であるのも、こういう子供の頃の悲惨な食生活が原因だろう。)

当たり前のことだが、寒汰には馬鈴薯をわけるような友達など一切いなかった。

友達どころか、同級生たちは寒汰に話しかけられると、皆決死の形相で逃げ出すほど嫌われていたのである。

寒汰はしばらく逡巡した後、この生のまま、泥のついたままのしなびた馬鈴薯をモシャモシャと食べ始めた。

あの動物のような寒汰の目は表情が読み取れず、何を考えているかさっぱりわからないが、この時、馬鈴薯についた汚い泥を見るその目は、心なしか悲しみに満ちているようであった。

モシャモシャ、グッチャグッチャ、帯広のとある中学校のトイレの個室から、汚らしくも悲しみに満ちた音が暫くの間、聞こえていた。

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(本エントリは前半部は事実ですが、後半部は事実をもとに筆者が想像したフィクションです。なお、母・貞子が寒汰を忌み嫌い、在日コリアンと親密であったこと、そしてそれが寒汰が在日を憎むようになった部分までは完全に事実です。)

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(写真と本文は全く関係ありません)

「ゲヒヒヒ。俺は正義の味方じゃから、いくらでも他人に迷惑をかけてもいいんじゃよ。他人に迷惑をかけると俺は気分よくなるんじゃよ。俺が歩道を占領する形で駐車したせいで、子供が交通事故にあっても俺に責任じゃないんじゃよ。俺が無料で駐車できる方が大事なんじゃよ。俺は無料で他人のものを利用するのが好きだし、他人に迷惑をかけると、たまらなく気分がよくなるんんじゃよ。どうだ? 俺は賢いだろう?俺は偉いだろう?俺を尊敬しただろう?ゲヒーーーッヒッヒッヒヒ」

 

22s

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(写真と本文は全く関係ありません)

寒汰は今日も、マニラ・エルミタの援交カフェ、マニラベイカフェ(MBC 旧称LAカフェ)に居座りながら奇っ怪な声をあげていた。

勾践(こうせん)氏(仮名)や周囲の人間は眉をひそめながら、この狂人を嘲るように見下ろしていた。

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寒汰の迷惑行為による被害者一覧

寒汰物語の過去の人気エントリのリストはこちらをご覧下さい。

他人のパスポートや個人情報を晒して喜ぶ寒汰の悪質な行為についてはこちらのエントリをご覧下さい。

パスポートや個人情報をさらす行為

寒汰が過去に行なってきたストーカー行為については下記のエントリをご覧下さい。

女子高生ストーカー事件(実話)

この世に生を受けたばかりの赤ん坊を侮辱し、死んだ方をパスポートをネットで晒し冒涜する寒汰の非人道的行為については下記のエントリを御覧ください。

死者への冒涜

人の誕生と人間としての矜持

絶句レベルの寒汰の公開オナニーの詳細に関しては以下のエントリを御覧ください。

絶句!釧路臭皇・公開オナニー事件

伝説の寝たきり男と寒汰の対決は下記のエントリを御覧ください。

寝たきり男 I

寝たきり男 II

無敵の男 II – マニラベイカフェ(MBC)

マニラでも指折りの美味しい料理が味わえるレストラン、大虎の情報はこちらをご参照ください。

大虎の秘密の新メニュー、猫又ラーメンについてはこちらを御覧ください。

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ひそみに倣う

古代中国の春秋時代末期、辺境の越の国に苧蘿村という小さな村があった。

その西側の村に住む貧しい薪売り、旋家の娘は喩えようもないほどに美しく、まさに絶世の美女であった。

彼女が川で足を出して洗濯していると、魚たちはその姿に見とれて泳ぐのを忘れてしまうほどであったという。(沈魚美人)

彼女は後に呉の国に献上され、覇王夫差を篭絡し、中国史上に名高い越国の復讐劇を完成させる一因ともなった。この娘、西の旋家の娘ということで、西施と呼ばれていた。

西施は胸が痛む持病があった。この持病のため、彼女が胸元を押さえ、まゆをひそめることがあったが、その姿はなんとも艶かしく、これまた喩えようもなく美しかった。

彼女のこの胸をおさえる艶めかしい姿には里の人達は皆、目が釘付けになったという。

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越の国から遠く離れた北の異国に釧路という小さな街があった。

この街に住む貧しいアイヌの老人が居た。異常に臭く汚い男だった。

見ていると寒気がするほど気持ち悪い男で、誰もがこの男を寒流渦巻く太平洋に流し去りたくなるという意味で、寒汰(さむた)と呼ばれていた。

この寒汰、頭がおかしいからか、時々妙なオカマ言葉を使い、女の演技をすることがあった。

そして遠い異国の西施の噂を聞くと、この寒汰、妙な真似をし始めた。

痛くもないのに胸を抑え、「イヤン、アコ胸が痛いわン。ゲホホホ」と地の底から響いてくるような気持ち悪い低い声で笑い始めたのである。

そして眉をひそめて、釧路の街を行ったり来たりした。

異常に醜く汚い老人が大げさに痛そうにふるまうと、ただでさえ醜い顔がさらにひどくなった。またオカマ言葉も喩えようもなく気持ち悪かった。そのため、寒汰の奇怪な様を見ると釧路の人々は次々に嘔吐し、すぐに戸を閉め、貧乏人は妻や子を連れて遠くに逃げるといった具合であった。とうとう釧路の街からは人気がなくなってしまった。さらに寒汰のあまりの気持ち悪さに、釧路湿原に棲息するタンチョウも全て絶命してしまったという。

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これ以来、善し悪しも考えずに他人のまねをすることを「顰(ひそ)みに倣う」と言うようになった。

なお、寒汰の異常なまでの気持ち悪さは他人に対する妬み嫉みの強さが理由だったという。

出典 「寒子

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「臭橋◯至、高橋◯至、臭橋◯至、高◯順至、臭橋順◯、◯橋順至、高橋◯至!臭橋順◯はネットオタクで凄い!」寒汰は今日も、釧路町木場にあるホーマックで千枚通しを買いながら奇っ怪な声をあげていた。

勾践(こうせん)氏(仮名)や周囲の人間はまゆをひそめながら、この狂人を嘲るように見下ろしていた。

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この世に生を受けたばかりの赤ん坊を侮辱し、死んだ方をパスポートをネットで晒し冒涜する寒汰の非人道的行為については下記のエントリを御覧ください。

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絶句!釧路臭皇・公開オナニー事件

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寝たきり男 I

寝たきり男 II

無敵の男 II – マニラベイカフェ(MBC)

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