テキサスから来た臭肉王 II

テキサスで安かろうまずかろうのステーキ屋を営むサムータは買春目的で戦後直後の日本に来ていた。

サムータの馴染みの売春婦(パンパン)である亜土墓子(あどぼこ)は、そのサムータに連れられて新橋のアメリカンレストラン・ネモタリアンにやってきていた。

サムータが注文したコンボ(※定食)が運ばれてきたが、なんと二人いるのにコンボは一人前であった。

サムータは言った。

「ゲヒヒヒヒ。コンボ一つなら二人いても値段は半分。俺、食事には50銭以上使わない主義だからな!俺、偉い!ゲヒヒヒヒ。お前、腹減ってるだろう。だったら後で俺の食い残しを食べろ。嬉しいだろう?ゲヒヒヒヒヒ」

ああ、と、亜土墓子(あどぼこ)は心のなかで叫んだ。彼女はサムータの異常なドケチさを忘れていた。

そんな男にほんの少しでも期待した自分が馬鹿だったのだ。

『バカバカバカ、私のバカ。こんな汚いアメリカ人は生涯の敵!一瞬足りとも油断してはならない鬼畜だと大和撫子として忘れてはならないことだったのに!』

だが、亜土墓子(あどぼこ)の苦難はまだ始まったばかりだった。

サムータは、そばで苦々しい顔をして立っているネモティおばちゃんに声をかけた。

「おーい!例のあれ、持ってこい、『あれ』だ。分かるな?ゲヒヒヒヒヒ」

藤岡弘のような野太い声で笑うサムータに亜土墓子(あどぼこ)は嫌な予感がして、背筋が凍った。

果たして、運ばれてきたのは、ミキサーであった。

もちろん昭和21年当時の日本人はそんなものを知らない。亜土墓子(あどぼこ)もミキサーを見るのは初めてであった。

固まっている亜土墓子(あどぼこ)をサムータはニヤニヤみながら、おもむろにご飯をそのミキサーの中にぶち込んだ。

そしてさらに水と塩をぶち込みミキサーのスイッチをいれた。

けたたましい音がしながら、ミキサーは回転しはじめた。そして、すぐに白米はドロドロに分解された。

亜土墓子(あどぼこ)は呆気に取られた。

滅多に手に入らない白米、大切な大切な白米、当時の日本では貴重な白米にいったいなんということをするのか。

これは日本の文化への冒涜である。

ガタガタと怒りに亜土墓子(あどぼこ)が震えていると、サムータはミキサーのスイッチを止めた。

そして、ミキサーの瓶をもちあげて、なんとそのままグビグビと飲み始めたのである。

これには亜土墓子(あどぼこ)だけでなく、ネモタリアンに居た客の誰もが驚いた。

グキュッ、グキュッ、たとえようもなく嫌な音をさせながらサムータはその白米をすりつぶした液体を飲んだ。

亜土墓子(あどぼこ)は愛する祖国の文化への冒涜、そしてあまりの気持ち悪さに気も狂わんばかりになった。

半分ほど液体を飲んだところでサムータは飲むのを中断した。

そして、あの野太い声で話し始めた。

「おい!俺、知ってるぞ!日本人の貧乏人はこうやって飯を食うんだろ!ゲヒヒヒヒ、俺、物知り!俺、偉い!」

サムータの口から飲みかけの液体が飛び出し、店の端にまで飛んだ。

泣く子も黙るGIが隅の席に座って居たのだが、関わらないほうがよいと思ったのか、そそくさと会計をして出て行った。

それにしても、この白米ミキサージュースは一体どういうことなのか?どうやら、サムータはお茶漬けのことをどこかで聞きかじったらしい。それをを恐ろしく勘違いした形で理解しているようであった。

日本人は白米をミキサーで潰して飲むことなど絶対にしない。そもそも当時の日本にはミキサーなどないのだ。

亜土墓子(あどぼこ)は母国の日本文化を冒涜された怒りに身を震わせ、サムータを睨みつけた。

それを見て、サムータは言った。

「ゲヒヒヒヒヒ、目が点になってるな。俺は日本の貧乏文化を熟知しているからな。俺の博識ぶりに惚れ直したか。」

凄まじいまでのサムータの勘違いであった。

サムータは半分ほど残ったその汚らしい白米ジュースを汚らしそうなビニール袋にドボドボと入れた。

そして、それを亜土墓子(あどぼこ)に渡してこう言い放った。

「おい、持って帰れ。貧乏日本人は残飯を持って帰る習慣があるんだろ?俺、物知りだろ?ゲヒヒヒヒヒ」

亜土墓子(あどぼこ)はその汚らしい液体をサムータの顔に投げつけたくなった。

でも、それはできなかった。家ではお腹をすかせた子どもが待っているのである。亜土墓子(あどぼこ)はどんな屈辱にも耐えて金を手にしなければならないのだ。

それが敗戦国・日本に生まれた大和撫子の運命なのだ。

屈辱に気丈に耐える亜土墓子(あどぼこ)にサムータはまたこう言い放った。

「ゲフッ、これで相互理解が深まったな。ゲヒヒヒヒ」

店内にいる誰もが感じた。相互理解どころか決して修復のしようがない深い亀裂、そしてたとえようもなく激しい憎しみが生まれたことを。

時は昭和21年の冬、敗戦後の日本で起こった悲劇の一つであった。

(テキサスから来た臭肉王 完)

テキサスから来た臭肉王 I

時は昭和21年。敗戦まもない日本は米軍統治下にあった。

国民は戦争時よりも貧困にあえぎ、金を求めて少なからぬ女は米国人相手に体を売っていた。

亜土墓子(あどぼこ)もそんな一人だった。

彼女は夫が出征中、となり村の俊哉(仮名)と浮気して出来た子どもを生んでいた。

口さがない当時の閉鎖的な社会である。亜土墓子(あどぼこ)は村に居られなくなり東京に出てきて女手一つで子供を育てていた。

すでに28歳になり、生活臭漂う亜土墓子(あどぼこ)に客は決して多くなかった。だから彼女には選り好みする余裕はなかった。

そんな彼女の最近の一番の上客は、テキサスの田舎で安かろうまずかろうのステーキ屋を経営するというサムータという汚く臭い男であった。

このサムータ、異常にドケチで変態ども群を抜いていた。売春仲間の誰もが忌み嫌っていたが、客の少ない亜土墓子(あどぼこ)には選択の余地がなかった。また、いくらドケチでもステーキ屋を数軒経営して実は金を持っているサムータがいつかはたんまり金をくれるのではないか、そんな期待も亜土墓子(あどぼこ)はほのかに抱いていた。

ある日、亜土墓子(あどぼこ)はサムータに食事に誘われた。

亜土墓子(あどぼこ)は少し迷った。サムータはドケチな上に粗暴な振る舞いが多く、日本語も全く話せないくせに異常に馴れ馴れしく、鳥肌がたつほど嫌悪感がする男だったからだ。

しかし、年越しになけなしの貯金をはたいて文なしになっている亜土墓子(あどぼこ)には選択の余地はなかった。亜土墓子(あどぼこ)はサムータの申し出を受けることにした。

サムータが亜土墓子(あどぼこ)を連れていったのは、新橋にあるアメリカ料理レストラン、「ネモタリアン」であった。戦前にアメリカから日本に渡ってきていたネモティおばちゃんがやっている店である。

亜土墓子(あどぼこ)は少し嬉しくなった。貧しい亜土墓子(あどぼこ)はアメリカ料理など食べたことがない。きっと肉汁のしたたるステーキに、こんがり焼けたじゃがいも、こおばしいばかりのソーセージが食べれるが腹いっぱい食べれるのかと思うと、サムータのような異常に臭い男のとなりに居ても心が踊った。

店で、サムータはJINRO(チャムシル)を飲み始めた。

「ゲフッ、やっぱり日本では日本古来の酒を飲むに限るな!このJINROチャムシルはうまい!」

亜土墓子(あどぼこ)は少しいらついた。

『JINROチャムシルは朝鮮の酒だよ!日本と朝鮮を一緒にするな!』

内心思ったが、口には出さない亜土墓子(あどぼこ)であった。

それで調子に乗ったのか、サムータは続けた。

「ゲフーー。いいか? 焼酎にはな、いくつも種類があるが、このJINROチャムシルの甘みが最高に自然でいいんだ? このネモタリアンに置いていあるどの焼酎よりもうまい! お前に違いが分かるか?ゲヒヒヒヒ」

英語が分からない亜土墓子(あどぼこ)であったが、サムータが日本の焼酎を冒涜していることだけは、はっきり分かった。

JINROチャムシルは人口的に甘味料をいれたいわゆるホワイトリカーである。

芸術品と言えるまで味わいを高めた日本の焼酎と比較して「自然な味わい」とは真逆である。

どうもサムータは自分を食の専門家と思っているようだが、実際日本料理と朝鮮料理の区別も全くついていないようであった。

「この鬼畜アメリカ人め!神州日本を冒涜しやがって!ああ、日本が戦争に負けなかったら、こんな愚かで粗野なアメリカ人に身をまかせる屈辱など味わなかったのに!」

サムータはネモタリアンで評判のコンボ(※定食)をオーダーした。亜土墓子(あどぼこ)が待ちに待ったアメリカ料理である。

亜土墓子(あどぼこ)はJINROに関してサムータが日本を冒涜したことも忘れて、胸が高鳴るのを抑えられなかった。

なにせここ二週間ほどろくに食事をしていないのである。

ましてやあこがれのアメリカ料理、どんな食事なのだろうか。

しかしそんな亜土墓子(あどぼこ)の期待はすぐに木っ端微塵に打ち砕かれることになった。

(続く)

エダモト(仮称)にて

寒汰はこの日もパサイの日本料理店、エダモト(仮称)に来ていた。

寒汰が来店したのをみると、エダモト(仮称)のマグロ子おばちゃん(仮称)は泣きそうな顔になった。

彼女の顔はここ数日の心労のため、明らかにやつれていた。

この日、寒汰はお気入りの自称女子大生の売春婦、アドボ子(主婦28歳)を連れていた。

実は、アドボ子は寒汰と二度と会う気はなかったが、「一緒に食事しただけで金を出す!食事も好きなだけもってかえっていい!絶対に凸凹は迫らない!」と、寒汰が泣いて頼むので今回だけはと嫌々やって来たのである。

それでも、その時、アドボ子の横で子供のマーク(8歳)がお腹が減ったと泣き叫んでなかったら、こんな異常に汚くて臭い日本人と一緒に食事する気はおこらなかっただろう。

ところで、面白い記事がある。

女性と一緒に食事をするとき、どういう男が嫌われるかを示したものである。

この記事によれば、こういう男が嫌われる。

  • 上から目線、理不尽なクレームなど、店員に対して偉そうにする。
  • 指パッチンで店員を呼ぼうとする。
  • メニューを見て「値段が高い」などと文句を言い出す。
  • 「まずい」など、出てきた料理を必要以上にけなす。
  • 「味が落ちたね」など、やたら常連ぶる。
  • 「料理を出す順番が悪い」など、安い店なのに高級店なみのサービスを求める。
  • お店の中で手をつなぐなど、ベタベタしてくる。
  • つまようじをシーシー言いながら使う。
  • お釣りはいらないとカッコつける。

実に寒汰のために書かれたかのような記事であった。

 

寒汰は偉そうにドスンと席に座るとエダモト(仮称)おばちゃんに偉そうに言った。

「おい!あれ、持ってこい。例のシラスだ。もちろん無料でな!ゲヒヒヒヒヒ」

日本語の分からないアドボ子であったが、寒汰が横柄にしていることはよーく分かっていた。

早くも来たことを後悔し始めているアドボ子であった。

運ばれてきたしらす大根おろしをぐっちゃぐっちゃと汚らしい音をたてながら寒汰は食べ始めた。

「うん?まずくなったな。味が落ちたな。俺、味がわかるからな!俺、偉い!ゲヒヒヒヒ!」

実際のところミカンとオレンジくらい大きさも味も全く違うフィリピンの牡蠣と日本の牡蠣の区別もつかない寒汰であったが、適当に味をわかったふりをして見栄をはることだけは大好きであった。

まずいまずい!おい、おばはん、まずいぞ!」

他の客もいるのに寒汰は大声で怒鳴った。もはや完全に嫌がらせであった。

調子に乗った寒汰は言った。

「なんだこれは?メニューに載ってる食事の値段が高いぞ!俺の食事の予算は500ペソと決めてるんだからそれにあわせて安くしろ!」

他の客の誰もが思った。

『予算が決まってるならその予算にあう店に最初から行けよ!』

寒汰は続けた。

「このエダモト(仮称)はな、俺のおかげで繁盛してるんだ。この店があるのは俺のおかげなんだ。俺、偉い!ゲヒヒヒヒヒ」

ちなみに「ネモトが繁盛しているのは俺のおかげ」という人間は少なくとも10人は居る。

もちろん実際のところ、その10人のほとんどは店に何かしたわけではなく、ただの常連客であった。

寒汰もその単なる常連客の一人に過ぎなかった。

いや、正確には店にとって迷惑な客にしかすぎなかった。

実際、エダモト(仮称)の常連客の中にはわざわざ電話で寒汰が居ないことを確かめてから来店する人間がいるのだ。

寒汰がエダモト(仮称)に貢献したのは唯一、中古のウォッシュレットを持ち込んだことくらいか。

その中古のウォッシュレットは凄まじく臭くて悪評だった上に、すぐに壊れて使えなくなったそうだ。

もともと壊れて捨てられていたのを寒汰が拾ってきたらしい。

寒汰は「俺、拾ったゴミでエダモト(仮称)に貢献した!俺、偉い!ゲヒヒヒヒ」と思っていたが、エダモト(仮称)に関わる人間は皆、事実を知ってあきれ返っていた。

「ゲフッ!フィリピンではフィリピンの酒に飲むのに限る!」

と、寒汰はまたしてもJINROを飲んでいた。

相変わらずJINROは韓国の酒だと知らない寒汰であった。

そして寒汰のあまりに汚らしい飲み方に眉を潜めていたアドボ子に、寒汰はうんちくを語り始めた。

「俺、知ってる!このJINRO韓国系雑貨屋で買うと安い!190ペソ!でも、俺、卸値知ってる!それ、80ペソ!だから、俺、いつも80ペソに値引きさせる!ゲヒヒヒヒ!」

仕入れ値で販売したら飲食店にとって損なのだが、原材料費以外のコストは考えられない寒汰にはそんな常識は通用しなかった。

寒汰は指を鳴らして店員を呼んだ。それがお洒落なのだと思っているようだ。

寒汰のあまりに汚くて臭い格好にはあまりに不釣合いで、アドボ子は思わず他人のふりをした。

嫌そうな顔をしながら寄ってきた店員に寒汰は言った。

「おい!JINRO持ってこい!もちろん仕入れ値の80ペソでな!ゲヒヒヒヒ!」

店員は困り果てた顔をしてマグロ子おばちゃん(仮称)と顔を見合わせた。

それを全く気にせずに寒汰は言った。

「それとな、客の俺に注文を聞く時は跪くんだ!それが高級店のしきたりだ!覚えておけ!ゲヒヒヒヒ! 」

それを聞いて、店内の客の誰もが思った。

『JINROを80ペソで出せという客が、高級サービスを要求するなよ。』

そんな無言の突っ込みを全く無視して寒汰は言った。

「それからな、注文は定食一つだけだ。二人で一つの定食を食うと安上がりだろ?俺、節約家!俺、偉い!ゲヒヒヒヒヒ」

周囲の客はそのドケチさにもびっくりしたが、こんな異常に汚く臭いオヤヂと同じ定食を食わなければならない連れの主婦に同情した。

食事が始まった。口に合わない日本食料理をまたしても食べさせられるアドボ子は苦々しい顔をしている。

日本料理でも、焼き魚とごはんなら比較的フィリピン人にも食べやすいのだが、7年間もフィリピンに通っていながら寒汰はそんなことも知らず、嫌がるアドボ子に無理やりシジミの味噌汁を飲ませようとした。

アドボ子は嫌々シジミをつつき、食べないのをごまかすためか、シジミのカラを重ねておきはじめた。

すると、寒汰は怒鳴りはじめた。

「おい!縁起でもないことをするな!恐山の石積みか!」

寒汰のヒステリックな怒鳴り声は店中に響き渡った。

勝手に妄想して、勝手に怒り出す寒汰の真骨頂であった。

アドボ子は恐ろしく不機嫌になった。元々金と食事をくれるというから嫌々出てきたのである。

何か悲しくて、こんな異常に汚くて臭いオヤヂ、それも英語もタガログ語も一切話せないオヤヂと一緒に食事をしなければいけないのか。

その上、理不尽に怒られてはたまったものではない。

さすがにアドボ子の機嫌をとり直そうと思った寒汰は今度は、茶碗に入ったご飯に水と塩をぶっかけ始めた。

そして茶碗を抱えて、その水かけごはんをぐっちゃぐっちゃと恐ろしく汚らしい音をたてて啜りながら食べ始めたのである。

例によって、食べかすや汚らしい汁が店内に飛び始めた。

周囲の客は一斉に席をたって帰り始めた。

マグロ子おばちゃん(仮称)は、奥の座敷に避難してボロボロと泣きはじめた。

寒汰はゲヒヒヒヒと汚らしい笑い声をあげながら言った。

「おい、フィリピンの貧乏人はこうやって飯を食うんだろう?俺、知ってる!俺、物知りだろ?だから、お前、俺にもっと惚れる!俺、偉い!!ゲヒヒヒヒ」

アドボ子は目が点になった。

ちなみに、フィリピンではそんあお茶漬けのような食べ方はしない。

皿に盛ったごはんに(フィリピンではお茶碗は使わない)、軽くお湯(水ではない)、塩か醤油をかけて食べることはある。

また、小さな皿に、塩水を作って、スプーンの裏をそれにつけながらご飯をたべることはある。

しかし、断じて日本のお茶漬けのように食べるわけではない

寒汰はどこかで断片的に聞いた話をすっかり勘違いしていたのだ。

相変わらず一を聞いて百を勘違いする男であった。

そもそも、仮にも貧乏フィリピン人からすれば高級レストランの部類にはいる日本料理店に来てわざわざなぜそんな下品な食べ方を見せつけるのか。

寒汰は文化も理解していなかったし、時と場所に応じた適切なマナーも全く理解していなかった。

「おい!俺、お前らの文化深く知ってるだろう?これで相互理解が深まったな!俺、偉い!ゲヒヒヒヒ」

そもそも日本語が分からないアドボ子は寒汰が何を言っているのか分からなかったが、

ともかく異常に気持ち悪い思いだけはした。

相互理解というより、不信感がさらに倍増しただけであった。

繰り返して言うが、フィリピン人はお茶漬けのようにご飯を水に浸して食わない。そもそもお茶碗は使わない。平べったい皿を使うのである。水に浸しようがない。

こんなお茶漬けのような食い方、それもそこら中に汁やご飯を飛ばす下品な食い方を見せつけられてもアドボ子には何のことか全く分からなかった。

もちろん、寒汰が話す日本語はアドボ子には分かるわけがない。

異常に汚らしい食い方を見せつけられたのは単なる嫌がらせにしか思えなかった。

寒汰は相互理解が深まったと完全にトチ狂った勘違いをしていたが、アドボ子はさらなる嫌悪感を寒汰に抱いただけだった。

続けて、寒汰はアドボ子の手をベタベタと触ってきた。

鳥肌がたったアドボ子は思わず2メートルほど飛び退いた。

食事が終わった寒汰は爪楊枝をシーシーと言いながら使っていた。

異常に臭い歯垢の臭いが店内に充満した。

「お前、これ持ってかえっていいぞ!俺、フィリピンでは食事持ち帰る文化だって学んだからな。俺、物知り!俺、偉い!ゲヒヒヒヒヒ!」

寒汰はぐっちゃぐっちゃに汚らしく食べたお茶漬けの残りをアドボ子に持ち帰らせようとしてた。

寒汰の唾液が混じったそのご飯は凄まじく臭くなっていた。

嘔吐物を発酵させたかのような臭いである。

当然、アドボ子は激しく拒否したが、寒汰にはそれがなぜなのか全く理解できないようであった。

寒汰は会計した。泣きながらレシートを持ってきたマグロ子おばちゃん(仮称)に寒汰はこう言い放った。

「俺、食事は500ペソと決めてる。だから俺、500ペソしか払わない。ゲヒヒヒヒヒ!

でも、俺、今日は気前いい。お前に1ペソをチップにやる。とっておけ!」

と、異常に汚らしい一ペソをマグロ子おばちゃん(仮称)の手に無理やり握らせた。

ちなみにフィリピンでは、乞食に1ペソ恵むと怒って投げ返されてしまう。

それくらいのミミチイ金額を偉そうにチップとして寒汰は渡したのだ。

逃げるように先に店から出ようとしたアドボ子に寒汰は脳天気な声で言った。

「おい!お前、俺にますます惚れた!だから今日は半年ぶりにSEXする!分かったな!ゲヒヒヒヒヒ!」

日本語がわからなくても SEX の意味だけは理解したアドボ子は、とうとうぶち切れた。

あの臭い寒汰の残飯を寒汰の顔におもいっきり投げつけ、こう叫んだ。

「テメーみたいなケチで臭いキチガイオヤヂと、何が悲しくてSEXなんかしなきゃいけねーんだよ!テメーはホテルで一生センズリこいてろ!この糞虫!」

そういうや否や、アドボ子はブエンディア通りを走って逃げ出したのである。

一瞬、呆気にとられた寒汰であったが、すぐに気をとりなおした。そして店に再び入って言った。

「おーい!食事持って帰るのやめたから、もっと値引きしろ!ゲヒヒヒヒ!」

料理店で最も嫌われる行為をどんな時でもロイヤルストレートフラッシュ状態に決めている寒汰であった。

真夜中の食事 – アドボ子物語 IX

Apple 純正製品を買った後、もう用は済んだとばかりにアドボ子は寒汰と一切口を効かなくなった。

一方寒汰は考えた。

「念願のソフトを買ったから嬉しくてワクワクなんだろう。だから俺の声、聞こえない。俺、相手の気持ち分かる。俺、偉い!」

どこまでも見当はずれな勘違いをする寒汰であった。

「ホテルに早く行こうよゲヒヒヒヒ」

という寒汰に対してアドボ子は冷酷に言い放った。

「ソフト買うだけの約束でしょ。私帰るから。じゃ!」

全くふりかえりもせず小汚いスリッパを履いて立ち去るアドボ子の貧相な後ろ姿を見ながら寒汰はこう思った。

「やっぱり早くソフトを使いたいんだな! 俺の考え、いつも当たる!俺、偉い!」

しかし心のどこかに割り切れないものを感じていたのも事実である。

その日、夜中に寒汰はふと目を覚ました。アドボ子とまた凸凹をしたくて魔尼羅に通ってもう半年になる。

今回は凸凹するためにドケチの自分が大枚をはたいて純正ソフトを買った。

今度こそ凸凹できるはずだったのに結局また一人寝している。どうしてだろう。

腹も減った寒汰は近所のファーストフード店チョーキンで腹ごしらえをすることにした。

勝手に酒を持ち込んで一人酒盛りしていて注意をされたあの店である。

店員は誰もが寒汰を覚えていた。

寒汰が何を注文しようとしても「もう売り切れてありません」と冷たく答えるだけである。

かろうじて水だけ確保した寒汰は言い知れぬ寂寥感を感じるのであった。

テーブルの上のメニューをみるとアドボがあった。

寒汰手製のグロテスクな日本料理を食べて懲りたアドボ子が「やっぱり私が一番好きなのはフィリピン料理。アドボなら食べたいな。(だから金をもっと出せ)」

と言っていたのをふいに思い出した。

意識するともなく

「出会った頃は天使のようだったのに」

と寒汰はつぶやいた。

『そう、私素人の女子大生なの〜』

(※ アドボ子の本音 -> 「そんなわけねーだろ、このゴミクズ!金だけ出してとっとと死ね!」)

目を閉じるとアドボ子の演技力満点の猫なで声が聞こえてくるようである。

ふと、寒汰のいかつい目から液体がこぼれ落ちた。

その液体は寒汰の涙であったが、やはり異常に汚く臭かった。

深夜のファーストフードチョーキン。ドブ川より汚いパッシグ川の香りがする水を飲みながら、一人涙を流す買春オヤヂ。

彼が日本人社会で一番の嫌われ者の寒汰と知る者は誰もおらず、ただ店員たちは口々に「汚く臭いトラブルメーカーはとっとと帰れ」と言うのであった。

そして、それを聞いた寒汰は「俺、噂されてる。俺、偉い!」とまたまた大きな勘違いをするのであった。

(寒汰物語 アドボ子編 完)

Apple ストア – アドボ子物語 VIII

ようやくアドボ子と再会を果たした寒汰だったが、以前のようにはアドボ子は会ってくれなくなってしまった。

当然である。アドボ子はドケチ相手に命を張っても、もう何の旨みもないことを嫌と言うほど思い知ったからである。

「学校が忙しい。(旦那と凸凹が忙しい)」「研修が始まった。(新しい客もできた)」「お母さんが病気。(あんたと会いたくない)」と何かと理由をつけて断った。

一方、寒汰は「素人は断る理由が売春婦と違う! 俺、嬉しい!」とまた大勘違いして当初は喜んでいた。

しかし2ヶ月も会えなくなってくるとさすがの寒汰も勘違い以上にじれだした。

何より性欲は人の数倍ある男である。

会って凸凹したいと何度もしつこく電話、SMSをする寒汰に呆れてアドボ子は言った。

「そこまで言うなら会ってもいいけど、Apple の新製品を買うこと。絶対に新製品。私がこの目で Apple ストアで買うところを見ないと新製品と認めないからね!そうじゃなきゃ絶対に会わない!それから凸凹ははなし!分かった?」

「誰が好き好んであんたみないな汚くて臭い日本人の爺と何回も凸凹するか!あんたみたいなエロジジイが私みたいな若い娘と一回出来ただけで有り難いと思え!」

「 あー、思い出しただけで気持ち悪い。あんたからは、あと百万ペソもらったって割にあわないんだよ!」

珍しくきついアドボ子の口調にさすがの寒汰も只ならぬものを感じたがそこは語学力のない悲しさ、

「彼女、家庭の事情で疲れてるんだな」

と、また勘違いするのであった。

かくして寒汰はアドボ子と魔尼羅の Apple ストアに行くことになった。

「日本の Apple ストアならもっと安いのに。俺、倹約できなくて悲しい」

と寒汰はひとりブツブツ愚痴をたれていた。

一方のアドボ子は、今回はようやく期待どおりのものが手に入り、ほっと胸をなで下ろすのであった。

「あー、これで今晩は久しぶりに安心してシャブを決めれるよ。」

(続く)

自爆テロ – アドボ子物語 VII

期待した新品の iPhone 4 ではなくチャイナ iPhone (しかも中古w)を渡されたアドボ子はもはやあきれ果てて口もきけなかった。

それを見た寒汰は「嬉しさのあまり、声もでないか。俺、買い物上手。倹約した。俺、偉い!」と、醜い体を小躍りさせながら喜んだ。

そして、「俺、高級 iPhone (実際は似て非なるチャイナ iPhone)買った。お前、俺に奉仕する。当然。」と襲いかかってきた。

「アヨコ!」(嫌だ)とアドボ子はきっぱり言ったが

「何? アコいいよだって?ゲヒヒヒヒ。俺、男らしいからな。」

と、寒汰はまた勘違いして疲れきったアドボ子の体を無茶苦茶にするのだった。

その日ズタボロになって家に帰ったアドボ子は、寒汰との連絡用に使っていたSIMはどぶ川より汚い近所のパシッグ川に捨て、寒汰からもらったチャイナiPhoneはすぐに質屋に持ち込んだ。

値段はわずか143ペソにならなかった。

また暗澹たる気分になるアドボ子であったが、これで寒汰と縁が切れたと、むしろせいせいした気分であった。

一方の寒汰はアドボ子と連絡がとれなくなった理由が全く分からなくなっていた。

「アドボ子、俺を愛してる(はず)。でも、アドボ子俺に連絡できない事情ある(に決まっている)。アドボ子可哀想。俺、悲しい」

と、またとんでもない勘違いをしていた。そして寒汰は連絡のとれなくなったアドボ子に会うために、ついにある決心をしたのだった。

翌月、いつものように魔尼羅に来た寒汰はなんとその日からLAカフェで寝泊りをはじめた。

もちろん、他に連絡場所を知らないアドボ子を捕まえるためである。

「俺、LAカフェ大好き。フィリピンの魅力、LAカフェだけ。だから俺、24時間居ても平気。」

寒汰がLAカフェにこもること49日に及んだ。風呂に全く入らない寒汰のあまりの悪臭にさしもののLAカフェは客が激減し、オーナーたちは恐怖におののいた。

「これは警察による手入れ以上の大打撃だ。あの異常に汚く臭い日本人は、アメリカの人権団体が送り込んだ自爆テロか?」

アドボ子は寒汰がLAカフェに居座っている噂を聞いて、死んでもLAカフェには行くまいと思っていた。しかしやがてLAカフェオーナーや売春仲間に説得され、長男TJの病気のこともあり、49日目とうとうLAカフェに姿を表した。

(※ この49日間の寒汰の自殺テロ行為は手入れでLAカフェの全歴史の中で最大の苦難だったと後の世に語られることになる)

店に陣取っていた寒汰は以前以上にさらに汚く臭気を増していて、その姿を見てアドボ子は人生何度目かの失神をしそうになった。

しかし母は強し。長男TJの透析費用が二ヶ月滞っていたことを思い出し、アドボ子は一瞬で気持ちを切り替えた。

「ハニコー、I missed U so much! アイタカタヨー。アコ、携帯盗まれた。だから電話できなかた。アコ、可哀想デバ?」

それを聞いた寒汰は「そうかそうか携帯なくしてたか。携帯をなくしたら連絡手段はないからな。」

と勝手に納得していた。

フィリピン人は重要な人物の電話番号くらい簡単に暗記するので携帯が盗まれたことは連絡なくなった理由にもならないことを寒汰が知る由もない。

(続く)

チャイナiPhone – アドボ子物語 VI

アドボ子は元来負けず嫌いである。

気絶するほどまずい料理を食わされたのである。

この仇は絶対にとってやると心に誓っていた。

翌日からアドボ子の寒汰に対するおねだり攻撃は熾烈を極めた。

「私、大学の学費がいるの。でも学費のためにLAカフェに行くの嫌だな〜。ねえ? 何かいい方法ない?」

「私、大学の写真部に入ったの。でも部費がいるのよね〜。やっぱりLAカフェ?」

「私の携帯、実は借り物なの。自分の携帯がないとハニコ(寒汰のこと)と連絡つかないなあ。iPhone 4 かっこいいよね〜。 」

Mac Book がないと大学の課題ができない。学費が無駄になっちゃう。え?ダメ?私、大学卒業したら日本に行って寒汰さんのお嫁さんになるのもいいと思ってるんだけどな〜w」

百戦錬磨のアドボ子の繰り出す口撃はなかなか見事であった。しかし戦果は決して芳しくなかった。

何しろ相手は世界ドケチ男ランキングでトップ10にも入ると言われる寒汰である。

学費(という名目の援助費)は寒汰に値切られてしまい、希望額の半額しかもらえなかった。

PCは新品どころか寒汰が昔使っていたという恐ろしく汚く臭い古いMacだった。

これはマラテのポーンショップ(質屋)でたったの1919ペソにしかならなかった。

期待の iPhone 4 はあろうことかチャイナiPhone で、これにはさすがのアドボ子もぶちきれて寒汰との連絡に使っていた SIMカードを打ち捨て、寒汰と連絡を絶ってしまった。

だいたい寒汰からのコール、SMSは凄まじく一日平均69回もあったのだ。

あまりのコールの多さにアドボ子の旦那のヒモンも機嫌が悪くなるし、アドボ子にとってもちょうどいい時期だったのだろう。

一方、「お嫁さんになってもいいな〜(だから新品の MacBook を買え)」というセールストークを真にうけた寒汰は

「俺、婚約した! 俺、結婚できる! 俺、勝ち組!」と喜びいさんでいただけに、アドボ子と連絡が取れなくなって落ち込んでしまった。

しかしコミュニケーション能力に致命的欠陥を抱える寒汰にはなぜ彼女が連絡をたったのか皆目検討がつかないのであった。

(続く)