フィリピン人も知らないフィリピン情報 II

(ACさんのコメントに返信する形で引き続き書きます。またいもさんの注釈も引用しています)

階層で言えば、もう一つフィリピンで面白いことを発見しました。

それは日本における階層の違いです。私は生まれも育ちも極普通で平凡な環境で育ってきたつもりですが、それでもフィリピンに関わってほとんど人生で初めてと言っていいくらい、自分が生きてきた世界の常識が通用しない人間を発見しました。

  • 凄まじく不潔で、ファッションセンスのかけらもない
  • それでも自分ではかっこいいと思っている
  • 教養がない、学もない、知性もない
  • それを恥じるどころか、自分では賢いと信じ込んでいる
  • キチガイじみたドケチ
  • しかし自分では気前がよいと思っている
  • 自分は一切努力しないが、成功している他人を妬む心だけは凄まじい
  • コンプレックスの塊
  • 平気で嘘をつく、見栄を張る、過剰に自分を大きく見せたがる
  • しかし自分では率直な人間だと思い込んでいる
  • 物事の多面性が理解出来ない。短絡的な発想しか理解出来ない (例: 「震災の被害は全部政府のせいだ」)
  • 「事実」を見極めることより自分の感情を優先する (例: 事実を知ると「事実を言うな」と怒り出す)

これらの1つや2つくらい持っている人間はざらに居ますが、この全てを持った人間というのは私にとっては狂人かさもなくば宇宙人のように感じます。

この全ての要素を持つのが、あの寒汰なわけですが、こういう寒汰的な人間が大量に棲息していることは私にとって衝撃的でした。

きっと日本にいたら一生関わり合うことのなかったような人間です。

図らずもフィリピンにはまったことで、私はこういう人間も世の中には、そして日本人でもいるのだと実感できませした。

そして、日本にもフィリピンやタイ、イギリスほど明示的ではないにせよ、階層があるのだとつくづく感じました。

> 全て大文字で書くのは、過剰な強調表現として英語では好ましい表現とされない。

おっしゃるとおり、ネット上の掲示板、フォーラム、カジュアルな場であるだろうチャット上でさえ、(欧文、欧米言語単語を)すべて大文字で書く人間は

a) (満足な)教育を受けていない
b) 使っているPCが恐ろしく古い、あるいはそもそも小文字の入出力ができないテレタイプ端末を使用 w

と思われます。ただしコンテキストによっては興奮している、怒りを憶えていることを明らかにするために意図的にすべて大文字で書く、ということはありえます。

はい、全部 CAPITAL LETTERS の英文をみると、かなりドキっとしますね。

それと

c) 契約書など法律関係の書類

がありますね。もっとも全部大文字なのは重要なパートだけですが。

それぞれの入国カードで指示は違っているかと思いますが、「Please print/筆記体では書かないでください」というものがほとんどだと思います。ですからこれらでもすべて大文字でなければならないということはないかと。(国、カードによっては大文字で、としていることもあるでしょうが)

私の理解では、一般的に法的書類(の重要なパート)などは大文字で記入する習わしがあると思います。

入出国カードで必須かどうかまでは私も自信がないのですが。

ともかく、寒汰のような人間が英単語を全部 CAPITAL LETTERS でw 書きたがる理由は、入出国カードのサンプルが大文字だからというのは間違いないでしょう。

ちなみにあまり知られていませんが、スペイン人渡来以降、実はフィリピンが数年英国の支配下にあった時期もありました。しかしスペインは当然英国を(武力で)撃退したので、330年余のスペイン統治の歴史の中では、その英国支配はないも当然として多くの場合その記述を見ることはありません。

 

これに関して、いもさんから入った解説が以下の通り

セブ市の国立博物館 分館で 資料が展示されてました。 
マニラ湾の海戦で 沈んだ船の発掘品などありました。
マニラ市と周辺だけ占領してますね。

British occupation of Manila 英国のマニラ占領 1762 ~ 1764
http://en.wikipedia.org/wiki/British_occupation_of_the_Philippines

Battle of Manila (1762) マニラの戦い (海戦) フランス軍200名も参加。
http://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Manila_(1762)

マカティ市のアヤラ博物館にもあります。
七年戦争の時 フランスとスペインに宣戦布告後 現在のマニラ市とカビテ海軍基地を占領。
一応 ハイスクールの教科書(国民教育)にも載ってました。

これは私も知りませんでした。二年ほどマニラ周辺の占領していたのですね。

スペイン人渡来以前永い間、マニラ辺りまでがミンダナオ方面の「スルタン」の支配下にあったことも知られています。もちろん彼らはマレー半島その他の同じモスリム勢力/国家と連携していたことは明らかです。

ですね。寒汰のブログをみておかしいと思ったので、今回私も調べなおしてみました。

スペイン進出当時、やはりフィリピンに居住していたのはマレー人で、中国とも交易を行っていたに過ぎません。

フィリピンの建築物は当時中国式だったというのはとんでもない妄想ですね。(もちろん小規模のチャイナタウンくらいはあったでしょうが)

なお、スペイン進出前のフィリピンの歴史に関してのいもさんの解説は以下のとおり。

スルタン制のムスリム王国は スルー王国とミンダナオ島のマギンダナオ王国他二国で
ルソン島まで 途中 ビサヤなど 支配地なく  フィリピン群島を
全て 支配したスルタンのはいないと思います。

ルソン島 現在のマニラ首都圏にあった王国。

  • トンド王国 1500年頃 ブルネイのラジャと婚姻関係結ぶが スルタンではない。
  • ナマヤン王国。 パシン川 流域からラグーナ。王の名前も 宗教も不明。
  • マイニラ王国。現在のマニラ市で マニラの語源。ブルネイのスルタンが トンド王国の中国貿易独占に対抗して立国。3王国で 1唯一スルタン制( 但し この王国自身の王はラジャ)遺跡の発掘のみ。

ミンダナオ島にあった王国

  • ブトアン王国 ヒンドゥー教の影響下で成立。
    • 日本、中国、チャンパ(ベトナム)、インドと交易。
    • 最大版図は 現在の北ミンダナオ、カラガ地方。
    • ブトアンボート(バランガイ)の発掘。二隻は ブトアン市の国立博物館支所で見ました。
    • 黄金仏の発掘。レプリカだけ ブトアン市の市営資料館で見れます。
  • マギンダナオ王国 
    • スルタン、自称ミンダナオのスルタンだったが現在のコタバトに ジョホール王国のシャリフKabungsuwan が ここのネーちゃんと結婚して 成立した王国。公用語は アラビア語。最大版図は 現在の北コタバト州とマギンダナオ州とその周辺だったらしい。

スペインに占領されなかった王国

  • スルー王国
    • 最大版図は スルー諸島、サンボアンガ半島パラワン島、ボルネオ島東北部(現在のマレーシア連邦サバ州)。公用語はアラビア語。
    • ジョホール生まれのイスラム学者で探検家のアブ バカールAbu Bakr のおっさんが現地の部族長のネーちゃんと結婚して1457年成立。
    • 交易品に乏しく ビサヤ諸島で奴隷狩りをし 食料と交換していた。セブのネーちゃんをマラッカに 売り飛ばしている。

ウェブ上で 読めるソース:  同じ項目でウェキ日本語版は 間違い多いので 引用不可。アラミドコーヒーの記述も間違いです。

http://en.wikipedia.org/wiki/Kingdom_of_Tondo
http://en.wikipedia.org/wiki/Laguna_Copperplate_Inscription
http://en.wikipedia.org/wiki/Kingdom_of_Namayan
http://en.wikipedia.org/wiki/Kingdom_of_Maynila
http://en.wikipedia.org/wiki/Sultanate_of_Maguindanao
http://en.wikipedia.org/wiki/Kingdom_of_Butuan
http://www.mysmartschools.ph/web/ancientkingdom/
http://en.wikipedia.org/wiki/Sultanate_of_Sulu

素晴らしい解説ですね。スペイン進出前のフィリピンの王国は比較的情報がないですが、こうやってまとめていただけるのは助かります。

また、フィリピンは確かにスペインの植民地でしたが、スペインの他の植民地と比較して手間その他が掛かる割りに得るものが少ないという理由で、スペイン本国で何度もフィリピン放棄が議論されていました。フィリピンにも総督はいたものの、実際はメキシコ総督の管理下にずっと置かれていて、その意味では植民地としても「だめ植民地、現地人」、「二級植民地」とされていました。

ただし当然こうしたことはフィリピンの学校でも教えていません。

これまた、知りませんでした。スペイン植民地の中でも下等な扱いだったのですね。メキシコ総督の下、つまりメキシコより格下だったというのは軽いショックです。

しかし、同時に納得が行く部分も多くあります。

こういう深い事実を全く知らずに二言目には「フィリピンはスペインの植民地だから〜」と知ったかぶりしている寒汰のような人間は本当に情けなくなりますね。

.

最近、中島敦の環礁と南島譚を読みました。李陵や山月記の美しい文章で有名な中島敦ですが、数年間ミクロネシアに滞在し、そこでの風俗を上記の短編に描いています。

ミクロネシアの文化風俗とフィリピンのそれはかなり近いものがあり、日本の植民地時代のポリネシアと現在独立国のフィリピン、そして70年前という違いはありますが、

ここで描かれるミクロネシアの人間像、日本人との関係は現代の我々にもかなりの部分、共通するものを感じます。

.

図らずも私もブログで指摘したことを中島敦も書いています。

決してわかりえない

これが彼らと関わり合う上での核心なのだと感じます。

フィリピンにご興味のある方は、是非読んでみることをおすすめします。

iPhone か Android 端末をお持ちでしたら、青空文庫のアプリで無料で読むことができます。

iPhone は i文庫というアプリ、Android は 青空文庫 for Android アプリが使えます。

(フィリピン人も知らないフィリピン情報 完)

.

にほんブログ村 旅行ブログ フィリピン旅行へ  にほんブログ村 海外生活ブログ フィリピン情報へ
.

.

About plastictakata
暗黒の国フィリピンやパッツン天国タイでばら撒き、自主パト、凸凹するのが趣味の57歳のオサーンです

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。