フィリピン入国最大の難関

2002年3月、寒汰は暗黒の腐臭漂う JL741 便の中にいた。

寒汰はガチガチに緊張していた。なにせ生まれてはじめての海外旅行なのである。

48歳になって初めての海外旅行、英語は全くできない。タガログ語もアコとディバしか知らない寒汰の心臓は早鐘をうち、今にも口から飛び出そうであった。

寒汰は「俺は若い頃はスペインとフランスを気ままに旅行したもんさ」と吹聴していたが、もちろんそんなものはいつものホラ吹きに過ぎなかった。

海外旅行など一度もない。外国人と日本語以外で話したことも一度もない寒汰であった。

しかし、卑小な自分を極度に大きく見せたがることだけは大得意なのであった。

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寒汰は機内でガタガタブルブル震えていた。

目の前には一枚の紙があった。

その紙とは、イミグレカード(出入国カード)。

まともな教育を受けたことのある日本人の大多数にとってはなんということもないカードである。

筆者は米国、ロシア、フランス、中国、タイ、インドネシア、ネパールなど少なからぬ国に行ったことがあるが、未だかつて出入国カードの記入に苦労する人などみたことがない

そう、フィリピン行きの便をのぞけば。

なぜかフィリピン行きには寒汰のような教育もろくに受けたことがない人間が多いのだ。

凄まじいことに彼らの英語は中学校一年生レベルにすら達していなかった。

また、語学力がないだけでなく海外渡航するなら前もって準備をするということも一切しなかった。

子供の頃から学校の予習など一度たりともしたことがないのだろう。

(※ 不思議なことだが、フィリピンに渡航する買春オヤヂは渡航先の事情を全く知らないくせに、ガイド本すら読みもしないという傾向がある。)

そんな人間なら普通は海外渡航しようと思わないものだが、日本では風俗嬢にさえ逃げられる寒汰のような人間は我慢できずにフィリピンを目指すのだった。

そんな寒汰にとってこのイミグレカードは殺人兵器にも等しい存在だった。

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寒汰はイミグレカード(出入国カード)を目の前してもう2時間もウンウン唸っていた。

「クソッ、クソッ、クソッ、これは何だ? 俺は何を書けばいいんだ?クソッ、全然わからんぞ。ゲフーーーーー!」

某ぶん左衛門氏が指摘するように、寒汰は Name とか Passport Number という今や小学生レベルの英語すら理解できないのだろう。

次第に不機嫌になった寒汰はとうとう、大声を出してCAを呼びつけた。

嫌そうな顔をしながらやってきたCAがやってきたが、彼女に対して寒汰はこう言い放った。

「な、何だこれは!こんなのを書くのはお前らのサービスだろう!お、お前がこれ書け!ゲフーーーーーー!」

日本語が通じる相手だと極端に偉そうになる日本語圏番長が寒汰の特徴であった。

しかし、この寒汰のあまりの偉そうな物言いにCAもぶち切れた。

「お客様、これはお客様自身が書くものです。かーんたんな英語ですから子供でも書けます。お時間もまだたっぷりございます。どうぞごゆっくりご記入ください。」

そう言うと、走るように逃げさってしまった。

そして、もう寒汰がどんなに大声で叫ぼうがCAの誰一人として寒汰の席には近寄ろうとはしなかった。

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寒汰はすっかり頭を抱えてしまった。

涙目になりながら、寒汰はイミグレカードを凝視していたが、見るだけでは一向に記入はすすまなかった。

結局、寒汰は隣の席の乗客に偉そうにイミグレカードの記入を頼むことになった。

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これ以来、寒汰は出入国カードがトラウマになった。

2002年3月以来、毎月フィリピンに通っているのだが、何回通っても出入国カードの記載をする時になると凄まじく気分が悪くなってくるのだ。

あの程度の英語などとっとと覚えればいいのだが、寒汰のような低能な人間にとってその程度の英語はチョモランマに冬季無酸素登頂するよりも厳しい難問であっった。

寒汰は出入国カードに異常に神経をとがらせ、フィリピンの出入国カードが変更になるたびに大騒ぎした。

「大変だ!大事件だ!出入国カードが変更になった!これは世紀の大事件だ!!ゲヒーーーーーー!」

出入国カードの書式がどう変わろうが、中学生レベルの英語力のある人間なら造作もなく記入できる。だから入出国カードの書式の変更など、気にする人間など普通は居ない。

そんなものが気になるのは、低能人間の悲しさなのだろう。

そして、寒汰は JAL PAK のページの出入国カードの記入の仕方を、そのまんまそっくり自分のブログにコピーした。

(上記の写真は、寒汰ブログではなく、大元の JAL PAK ページのものです)

「ゲヒ!これで俺、出入国カードのベテランに見える!俺、凄い!俺、偉い!ゲヒーーーーーーーー!」

中学生レベルの英語のある人間なら気にする必要のない出入国カードの情報、しかも、JAL の PAK からそのまんまコピーしたブログエントリーには何の価値もないと思われる。

しかし、現実は小説よりも奇なりなのだ。なんと、この出入国カードの書き方のエントリは寒汰ブログで一番人気の記事であった。

こんなエントリが一番人気になるところに、寒汰とフィリピン嵌り人間の圧倒的なレベルの低さが見事なまでに象徴されているといえよう。

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今日も魔尼羅の空に、takashi(仮名)の素っ頓狂な声が響いていた。

「すごい!すごい!寒汰さんは出入国カードのベテランだ!ブログ記事に出入国カードの書き方が記載されている!寒汰さんは天才だ!寒汰ブログは情報の宝庫だ!寒汰さんは最高のフィリピンベテランだ!」