20ペソの節約で失う物 I

この日も寒汰はパサイの日本食料理屋、エダモト(仮称)に来ていた。

通常よりも長い魔尼羅滞在である。

それも仕方がない。異常に怖がりの寒汰は釧路に帰るのに福島上空を飛ぶのが怖いのだ。

震災が起こった直後は、福島上空を飛ぶのを怖がってフライトを変更したり、

福島上空半径千キロは飛行するなと、JALのカウンターでだだをこねて、一騒動を起こしたほどなのである。

そもそも釧路から羽田に飛ぶのに福島上空千キロも離れたら、沖縄以外の日本のどこにも着陸できない

そもそも、釧路も千キロ圏内なので、離陸すらできない。

しかし、社会の知識がゼロにも等しい寒汰にはそんなことも分かるわけがなかった。

ともあれ、異常に小心者の寒汰はガタガタブルブル震えながらマニラにやってきた。そしてそのまま日本に帰る様子はなかった。

福島上空を飛ぶことがなにより怖いのだ。そのことを想像するだけで小便を漏らすことはもちろん、脱糞してしまいそうになる寒汰であった。

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テレビでは避難所の様子が映されていた。

それを見て、寒汰は大声で怒鳴った。

「おい!政府の奴ら、ちゃんと食料を避難所に送れ!被災者は食事も満足にとってないんだぞ!その気持を考えたことがあるのか!お前らは食事抜きだ!」

そう叫びながら、寒汰はムシャムシャバリバリと、下品に無料の付き出しを食べた。

既にこれで69個目だった。無料のものなら、いくらでも食べる寒汰であった。

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「全く、毛布もちゃんと送ってるんだろうな!寒がっている被災者の気持ちをちょっとは自分も体験してみろってんだ。」

そして、寒汰はマグロ子おばちゃんに大声で叫んだ。

「おい!マグロ子!ちょっと暑いぞ!俺がいる時は気温23度設定。1度でも狂わせるな!といつも言ってるだろ!? 俺が快適じゃなくなったらどうするんだ? 今日も金は払わんぞ!ゲフッ」

誰よりも暑さにも寒さにも我慢しない寒汰であった。

さらに、いつも金を払わない寒汰であったが、この日も無銭飲食するつもりのようだ。

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「ゲヒヒヒ、政府批判をする俺ってかっこいいな。俺、正義の味方!俺、偉い!ゲヒーーーーーーーーーッツ!」

寒汰は自分のことを「正義の味方」と言うのが口癖だった。

しかし本当の正義の味方なら、人が困っているときに真っ先に母国から逃げ出したりしないものなのだが。

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「おい!そこのお前、帰る前に俺に金を払っていけ。義援金だ。俺はな、釧路だから全然被害は受けてないが、震災で俺の心が傷ついたんだよ。だから俺に金を払え。ゲヒヒヒヒ。震災で金を儲ける俺は賢いだろう?」

寒汰が声をかけた男は宮城出身で津波で親戚の行方がわからなくなっていて悲しみにくれていた。

しかし、寒汰はそんなことはからっきし気にしていなかった。

他人が受ける一万の苦しみよりも、自分の取るに足りない感情の方が大事なのである。

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「おい!お前、俺のことをケチだと思ったのか?」

寒汰はあの猛烈な悪臭を漂わせ、獣のような気持ち悪い目をぎらつかせながら、隣の客に絡んだ。

「俺はな、ケチじゃないんだ。年収3千4百万円もある俺がケチなわけがないだろう?ゲヒヒヒヒ」

年収の額とケチさは全く別だった。さらに寒汰の経営する臭皇(くさおう)の売上が3千4百万円なのであって、寒汰の年収はその半分以下なのだ。しかし、算数すらできない寒汰には店の売上が自分の年収と思い込んでいた。

「俺はな、年収三千四百万円もあるんだ。お前の収入の倍以上あるだろう?どうだ?俺は偉いだろう?ゲヒヒヒ」

寒汰は世の中の全ての企業が、国鉄並の安月給だと思い込んでいた。

銀行や外資企業につとめていれば、半分の千七百万円どころか二千万円以上の年収のある人間は珍しくないのだ。

しかし、国鉄勤務時代に一度も昇進できなかった寒汰にはそんなことが分かるわけもなかった。

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「おい、マグロ子!お前の出身地は福島なんだってな?じゃあ今回被害にあったな。」

(※ マグロ子おばちゃんの出身地は本当に福島です。エダモト(仮称)に居らっしゃる方は、お気遣いください。)

周囲のものは少し驚いた。他人の心がどんなに傷ついても気にしない寒汰でも、さすがに福島出身者には気遣いをするのか、と皆が思った。

しかしその期待は数秒後に裏切られた。

「お前の親族、全員死ぬな!放射能でやられて100%ガンになるぞ。ゲヒヒヒヒヒヒ」

寒汰は心の底から嬉しそうに笑った。他人を不安がらせるのがなにより好きな寒汰だった。

「福島の原発はな、核弾頭だ。もうすぐ核爆発するな。ドカーーーーン!ゲヒヒヒヒ」

原発では兵器のような核爆発はおこりようがない。そもそもシステムが全く違うのだ。もちろん、小学生レベルの理科の知識もない寒汰にはそんなことは分からなかった。核と名前がつくものは全て核爆発すると思い込んでいるのだ。

また、寒汰は放射線を浴びたら必ず死ぬものだと思い込んでいた。

どうも知性が寒汰並だと、世の中の現象はすべて「ある」「ない」の二つの状態しかないと思うようである。

確率が高くなる、低くなるということは全く理解出来ない。

凄まじく単純な脳みそであるが、ホモサピエンスを超えた珍獣では致し方ないのであろう。

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「おい!福島だけじゃないぞ。東京もな、すぐに死の灰が降って壊滅だ。お前らが今食べてる魚はな、日本から輸入した魚なんだ。だからな、プルサマールが入っていてお前らはすぐにガンになるな。ゲヒーーヒヒヒヒッッヒヒヒヒ!俺は物知りだろう?俺は偉いだろう?俺を尊敬しただろう?ゲヒヒヒヒ」

寒汰はプルサーマルをプルサマールと勘違いしていた。英語ができないので、フィリピンのサマール島 Samar と温度の形容詞である thermal が同じに思えるからだった。

さらに、普通のウラン燃料の燃料棒の中にもプルトニウムが入っていることなど小学生レベルの理科の知識すらない寒汰には分かるわけがなかった。

それにしても、寒汰がでっちあげるデマの中身はひどかった。そんなとんでもないデマもとい嫌がらせを言う男など、誰も尊敬できるわけがなかった。

しかし、他人の気持ちを傷つけることには全く無頓着で、なにより自分が知ったかぶりすることだけに関心があった。

知ったかぶりさえすれば、人が褒めてくれると思い込んでいるのだ。

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「プルサマールはな、プルトニウムのことなんだ。プルトニウムはな、半減期が2万4千年あるから放射線が強い物質なんだ。一粒でも飲んだら確実にガンになって死ぬんだよ。いいか?魚を食べたお前らは全員死ぬんだ。確実に死ぬな。ゲヒヒヒヒヒ」

ちなみに、多くのマスコミも未だに大きな勘違いしてるが、放射性物質は一般に半減期が短いものほど強い放射線を出す。

考えて見ればあたりまえで、同じ原子数ならば、半減期が長いということは、時間あたりに崩壊する原子の数は少ない、安定した物質だということなのだ。

さらに半減期が短ければその後生成される娘核も放射性物質の可能性があり、さらに時間あたりの放射線は強くなる。

だから原子の数と原子あたりの放射線強度が同じならば、半減期が短い物質ほど要注意なのである。

プルトニウムが怖いのは半減期が2万4千年あるからというよりは、モル単位での放射線強度の強さ、そして人体への吸収が比較的高く内部被曝しやすいことだった。

(しかし、プルトニウムは重たい原子で拡散しにくいため、原子炉から離れたところに住む人間に与える影響は少ないと言われている)

言われてみれば小学生でも理解できる理屈だったが、小学校の理科すら理解出来ない寒汰には分かるはずがなかった。

寒汰にはそもそも半減期が何かすら理解できてなかったのである。

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冷え込む被災地よりも、寒々しい空気がエダモト(仮称)を漂っていた。

寒汰のとんでもない知ったかぶりはもちろんだが、あまりに他人の感情を考えない発言に皆、しらけていたのである。

そんな空気の中、頭の弱い takeshi の素っ頓狂な声があがった。

「凄い!凄い!寒汰さんは物知りだ!寒汰さんほど科学に詳しい人はいない!寒汰さんが世界で一番頭がいい!凄い!」

知らない他人が聞けば嫌味かと思うような発言であったが、寒汰はそれを聞いて至福の表情で笑い転げた。

「ゲヒヒヒ!俺、褒められた!ゲヒヒヒヒ!俺、頭がいい!俺、物知り!俺、知恵オタク!俺、偉い!俺、偉すぎる!ゲヒーーーーーーーーーッツ!」

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「おい!マグロ子!このエダモト(仮称)があるのは俺のお陰だろう?俺は今週も客を紹介してやったよな。俺の貢献は絶大だな。ゲヒヒヒヒ」

それを聞いてふさぎぎったマグロ子おばちゃんの表情がさらに曇った。

寒汰が紹介する客というのはいつもとんでもない迷惑客なのだ。

出迎えの車が遅刻しただけでクドクドと文句をつけてきて営業妨害した客がいたのは以前のエントリで紹介したとおりだが、

今週寒汰がエダモト(仮称)トラベルに紹介した客もとんでもない客だった。

(続く)

About plastictakata
暗黒の国フィリピンやパッツン天国タイでばら撒き、自主パト、凸凹するのが趣味の57歳のオサーンです

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